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自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・飛び込み…遺体処置から特殊清掃・撤去まで施行する男たち |

死に場所 |
2006/8/31
自分の死については、色々と興味がある。 その中で最も気になるは、やはりその時期。 今の私は、「元気で長生きしたい」と思っている。 過去には、そう思わなかったこともある。 勝手なものだ。
次に気になるのは、その場所。 可能性として高いのは、やはり病院。 健康を取り戻し、生命を永らえることが本来の目的(役割)である病院が、皮肉なことに、多くの人の死に場所となる。 死を前にすると、いかに人が無力であるかを物語っている。 まぁ、仕方のないことだろうが、病院を自分の死に場所とするのは、何となくさえない感じがする。
「だったら、どこがいいのか?」ときかれても答えに困るし、残念ながら答を用意しておいたところでそれは何の役にも立たないだろう。
特掃現場には、風呂・トイレ・寝室が多い。 その場所でコト切れる人が多ということ。
風呂で死ぬ場合、浴槽の中に入ったままの状態が多い。 更に、追焚き機能が動いたままで煮えていたであろうケースも少なくない。 入浴の際は、むやみに高温の湯に肩までドップリつかるのは避けたいところだ。 また、飲酒後の入浴も。 やはり、低めの湯温での半身浴がおすすめ。
トイレで死ぬ場合は、便器の汚染具合から想像して、用を足している最中が多いと思う。定かではないが。 ふんばる時、歯を食い縛ると血管が切れやすいらしい。 なかなか力を入れにくいかもしれないが、口を開けて用を足した方が安全だと聞いたことがある(ガセだったらゴメン)。 口を開けておくことによって、力み過ぎを防ぐことができるとのこと。
布団で死ぬ場合は、やはり寝ている時が多いと思う。 ん? これって結構ベターな死に場所? 腐乱してしまうと色んな人に迷惑をかけてしまうけど、本人にとっては悪くないことかも。
人生の最後を自宅の布団で迎えるなんて、理想かもしれない。
死に場所は自分で選べない。 「俺はどこで死ぬことになるんだろうなぁ」 どこであろうと、穏やかな死を迎えたいものだ
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うにどん! |
2006/8/29
「食欲増進の巻」
私が初めてウニを食べたのは大人になってからである。 「美味!」と聞いていたウニは、私にとっては生臭くて食感も悪く、とても美味とは言えなかった。 美味しく感じなかった一番は原因は、食べ慣れていなかったせいかもしれない。 でも、何度か食べているうちに少しづつ味が分かってきて、だんだん好きになってきた。 今は、「大好物」とまではいかないけど好物の一つになっている。
そんな私は長い間ウニ丼に憧れを持っていた。 それまで、私の口に入る ウニは回転寿司の軍艦巻程度。多分、安物。 「テレビのグルメ番組にでてくるようなウニ丼を一度は食べてみたいなぁ」と、ずっと思っていた。 東京でも数千円だせば食べられるのだろうが、馴染みの寿司屋なんかない私には、美味しいウニ丼がありそうな寿司屋に飛び込む度胸もなく、結局いつまで経っても食べられずじまいだった。
二年程前になるだろうか、そんな私にウニ丼が食べられるチャンスが巡ってきた。 親しくしている人に海の近くの寿司屋に連れて行ってもらった時だ。 酒が入っていたせいもあるのだろう、ウニ丼に対する想いを熱く語ってしまった私。 カウンター越にそれを聞いていた板前が、「ウニ丼、出しましょうか?」「うちのは自慢のウニですから」と言ってくれた。
板前は、店のメニューにはないウニ丼を、わざわざ私のために作ってくれたのだった。 目の前に出て来たウニ丼は、私が期待していた通り、鮮やかな黄色で一つ一つが大きくホッコリしている。 決して溶けだすようなことはなく、表面のツブツブ感もしっかりあった。 私がいつも食べているような軍艦巻ウニとは大違い。
それを見て、増々テンションを上げた私。 テレビのグルメリポーター張りのオーバーリアクションでウニ丼を一気に掻き込んだ。 その食感はシッカリとあり甘味もコクも格別、本当に美味かった!
積年の望みを果たした喜びとウニの甘味がプラスされて、何とも言えない幸せなひと時だった。
一度食べればもう満足。 今は、ウニ丼への熱い想いは落ち着いている。
「食欲減退の巻」 場所は、寿司屋ではなく風呂場。
浴室のいたるところに付着している焦茶色の腐敗液と、あちこちに貼り着いている皮が、警察の遺体回収が困難を極めたことを物語っていた。 特に、浴槽の側面に垂れたまま乾燥していた腐敗液は視覚的にグロテスクだった。
浴槽の中を覗いて見ると、底に何がが溜まっている。 皮とウジは分かるものの、あとは何なのか判別不能だった。 まぁ、人体の一部の末路なんだろうが。
幸いなことに排水口は詰まっていなかった。 風呂やトイレの場合、排水口が通っているか詰まっているかは私にとっては天地の差がある。 通っていると俄然やる気がでてくるし、詰まっていると意気消沈してしまう(意気地がない?)。 始めに固形物を除去。 皮・髪・ウジ、そして得体の知れないモノ。 皮と髪は浴槽に貼り着いており、削り落とした。 大量のウジは一匹一匹を相手にはしていられない、まとめて掬い取るしかなかった。 それらはまとめて汚物容器に。
そして、私は得体の知れないモノに手をだした。 表面は茶色、固いモノだと思って道具を当てたら中からドロッと黄色い半液体がでてきた。
「何だこりゃ?」 「なかなか珍しい色だなぁ」 と思いながらそれも容器に取った。 ウジ山はその汚物に隠れた。
固形物を取り除いたら、あとはひたすら戦場・・・いや洗浄。 排水口が通っているということは水が流せるということで、気持ちいいくらいにきれいできた。
さて、最後に廃棄物のチェック。 私が汚物容器に見たものは、そう・・・。
いつかまた、美味しいウニ丼を食べたい。 頑張って仕事しよう。
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世のため人のため? |
2006/8/28
「人の不幸につけ込んで金儲けをしているような気がする」 昔、後輩スタッフからこう相談されたことがある。 「警察だって、消防だって、医者だって、宗教家だってタダで働いている訳じゃない」 「何でも無償でやることが正しいことか?」 「死体業に先入観を持つのは世間に任せておけばいい」 と、私は彼の悩みを掃いのけた。
「この仕事って、値段があってないようなものでしょ」 ある依頼者から皮肉られたことがある。 「どんな商品やサービスの価格も、コスト+利益で構成されていることに変わりはないですよ」 「○○さん(依頼者の名前)の仕事は利益を取らないでやっているのですか?」 「申し訳ありませんが、ボランティアでやってる訳ではありませんので」 と、私は依頼者の皮肉を一蹴した。
私の仕事は人の死に直接関わるものなので、それを知った人からは良くも悪くも一目置かれる。 私は、死体に群がるハイエナ、いやハエ?・・・ウジかも? 世間からそう見られても仕方がない面があるし、自分の中にも葛藤がないわけじゃない。
仕事に疲れを覚えたりストレスを感じることは誰だってあると思う。 そして、あまりに疲れたりストレスを抱えたりすると、何のために仕事をしているのかが分からなくなることがある。 生きるために仕事をしているのではなく、仕事をするために生きているような日が続くと、気分も滅入ってくる。
そんな時は私も「何のために仕事をやっているのだろう」と思うことがある。 世のため人のため? とんでもない! そんな考えは微塵もない! 私は、金のため自分のために仕事をしている。 生きるために仕事をしている。 「仕事のやりがい」「仕事による自己研鑽」「仕事を通じての社会貢献」なんて二次的・三次的なオマケみたいなもの。 まずは、自分が生きるためだ。
「世のため人のため」なんて、たまには格好をつけてみたいけど、とてもそんな大ウソはつけない。 好意でやる+αの作業も所詮は仕事の範疇。 ビジネスとして成り立たなくなるまでは踏み込まない打算がある。 正直なところ、依頼者に満足してもらい、喜んでもらうことは一次的な目的ではない。 大きな成果・やり甲斐ではあるが結果でしかない。
無償・有償にこだわらず世のため人のために仕事ができる人、または、そういう心構えで仕事をしている人は立派だと思う。 そういうことが苦もなくできる人が羨ましい。 「そんな人間になれたらいいな」と思っても、結局は、自分が一番かわいいし自分が一番大事。 そして、楽をしたい。 私は、どうしても、元々の自分を捨てる(変える)ことができない。
自分のためだから耐えられる。 自分のためだから頑張れる。 好意の作業も善意の仕事も、回り回って結局は自分のためにやっていること。 決して、世のため人のためじゃない。 私は、そんなケチな男。
でも、生きているうちに一度くらいは人のために何かをしてみたい。 人のために何かができるような人間になってみたい。 偽善も打算もなく、純粋に。
せっかく人間に生まれて来たんだから。
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探し物(後編) |
2006/8/27
何日か後、依頼者の女性と現場で待ち合わせた。 女性が、現場となった故人(母親)の家を訪れるのは初めてとのこと。 女性には敷居が高過ぎて、今までずっと来ることができなかったらしい。 女性と故人は、それだけ疎遠な関係だった。
初めて顔を合わせた我々だったが、初対面のよそよそしさはなかった。 共に戦う同士みたいな感覚。
骨を見つけられなかったことをあらためて詫び、毛髪を取っておいたことを初めて知らせた。 私が好意でやったことでも、女性の気分を害してしまうことも有り得るので、慎重に話した。
幸いなことに、女性は喜んでくれた。 そして、また泣き始めた。 白い綿に包まれた毛髪を握り締めて、絞り出すような声で「お母さん、お母さん・・・」と。
女性には、それなりの過去があった。 親の言うことにも耳をかさず、若い頃には放蕩の限りを尽くしたらしい。 ここでは明かせないが、女性の身体的特徴もそれを物語っていた。 家族にも随分と迷惑をかけたであろうことは容易に想像できた。
そのせいで、親族からもやっかい者扱いされ、ずっと疎遠にされたまま。 身内の中で完全に孤立しており、葬式にも参列させてもらえなかったそう。
女性が本当に欲しかった物は、遺骨なんかじゃなく母親への謝罪と親孝行をするチャンスだったように思えた。 この半生、それを探し続けて生きてきたのに、ずっと見つけることができなかった。
私は、例によって勝手な自論を展開した。
「お母さんは○○さん(女性の名前)のことをとっくに赦してくれていると思いますよ」 「だから、腐乱してまでも○○さんが来るのを待っていてくれたんじゃないですか?」 「お母さんが腐ってくれたお陰で、他の親族に見つからずに来ることができた訳ですよね」 「きっとお母さんは、○○さんに重荷を降ろすチャンスをくれたんですよ」 「○○さんの将来を大事に想ってね」
失礼な暴言なのか、いいアドバイスなのか分からないようなコメントになったが、女性は泣きながら頷いて聞いていた。
「親孝行、したい時に親はなし」 「親の心、子知らず」
生前は大したことはできなくても、とりあえずは親より後に死ぬことが大事な親孝行だと思う。
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探し物(中編) |
2006/8/25
依頼者の女性は、母親の遺骨探索を私に頼んだことを他の親族には知られたくないようだった。
どんな事情があるのか分からなかったけど、他の親族の手前、何かと神経を使う仕事になった。
作業は、覚悟していた通り過酷なものとなった。 「ビーフシチュー」を彷彿とさせるレベル。 腐敗粘土をすくっては解して骨を探す。 ひたすらそれの繰り返し。 腐敗粘土は軟らかいモノから硬いモノまである。それらを一切合切すくっては中を探ったのである。
腐敗粘土をほぐすのは手作業。 小骨を探す細かい作業に道具は使えない。 自分の視覚と手の感覚だけが頼りだった。
もちろん、便器の中にも手を突っ込んだ。 「ウ○コor腐敗粘土、どっちがマシかなぁ」等とくだらないことを考えながら(過酷な現場には、くだらない思考が必要)。 そんな私の手(もちろん手袋装着)は汚物でヒドイことになっていた。 例によって食べ物に例えてしまうが、糠床を混ぜた後の手みたいに。
「俺って、よくこんなことができるよなぁ」 自分に呆れるような、自分が惨めなような、自分を褒めたいような、何とも言い難い気分だった。 私は、プレッシャーと疲れを感じていた。 特掃作業の結果として骨を見つけた経験はあるものの、始めから骨を探すことが目的の作業には独特の重圧を感じていた。 そして、私の念いとは裏腹に、いつまでやっても骨らしきモノは見つからない・・・残りの汚物はだんだん少なくなっていく・・・。 焦りからか、ウジが何度も骨に見えてしまい悔しい思いもした(ここでもウジにやられっぱなし)。
途中から、私は毛髪を取り避けた。 毛髪なら汚物の中にたくさんある。 「骨がでてこなかった場合の代替物にできるかも」と考えたのだった。
結局、残念ながら、最後まで骨がでてくることはなかった。 私が見逃した可能性も否定しきれないけど、「やれるだけのことはやった」と自分を納得させた。 私は集めた毛髪を洗剤で丁寧に洗った。 脂の悪臭がなかなか落ちなくて、何度も洗い直した。
私は女性に電話をして、先に骨が見つからなかったことを報告した。 そして、確認のため近いうちに現場を見に来てほしい旨も。 女性は、労いの言葉をかけてくれながらも、落胆していた。 私は申し訳ない気持ちになったが、「仕事の成果は約束していないから・・・」と、内心で言い訳をして自分をごまかした。
正直、この仕事はこれでおしまいにしたかった。 しかし、女性と話しているうちに「他に役に立てそうなことがあれば言って下さい」と話していた。 女性に泣かれると弱い・・・。
つづく
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探し物(前編) |
2006/8/25
特掃現場では、何らかの探し物を依頼されることが多い。 私は片付屋・始末屋であっても探し屋ではないのだが、依頼者は他に頼める人がいないから私に頼んでくる。
「自分で探せばいいのに」と思うのは腐乱死体現場を知らない第三者。 故人の身内とはいえ、一般の人には腐乱現場での探し物などとてもできない。 視覚と嗅覚が瞬時やられてしまい、ほとんどの人はわずかな時間でも現場に滞まることはできない。
依頼品で多いのは預金通帳・印鑑・権利書・株券・保険証券・年金手帳・貴金属、やはり金目のモノである。 残された人は故人の死を想ってばかりはいられない。 死後の後始末をきれいに済ませる、社会的責任がある。 特に、腐乱現場・自殺現場の始末には重い責任がのしかかってくる。 それには、まずはお金が必要ということ。
たまに、変わった探し物を頼まれることがある。 遺骨もその一つ。
「骨を探してほしい」 中年女性からそんな依頼が入った。 孤独死・腐乱、亡くなったのは女性の母親らしい。
警察が遺体を持って行った後も、現場に小骨が残っていることはたまにある。 しかし、まだ骨が残っている可能性があることを素人の女性が知っていることが不思議だった。
「現場には行けないので、勝手に入っていい」とのこと。 電話口で思案していても仕方がない。 とにかく現場へ向かった。
現場はトイレ、床一面に腐敗粘土と腐敗液が広がり、厚い層を作っていた。 例によって「こりゃヒドイなぁ」と呟いた私。 乾燥しかかった腐敗粘土は、便器の中までたまっており、死後かなりの日数が経っていることが読み取れた。
「これで骨が探せるかなぁ」 「ヤバイ作業になりそうだなぁ」 汚物の量にいきなり自信喪失、腰が引けてきた。
現場を確認してから女性に電話。 トラブルを避けるため、依頼作業の成果は約束できないことを先に伝えた。 あと、作業が過酷を極めるであろうことも。
骨が残っている可能性があることは警察から聞いたらしい。 現場を見た私は納得できた。 「あれじゃぁ骨を拾い残しても仕方ないな」 逆に、「よく遺体を回収して行ったな」と警察に感心したくらい。
正直、この仕事はやりたくなかった。 しかし、女性と話しているうちに引き受ける方向に気持ちが動いていった。 女性に泣かれると弱い・・・。
つづく
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ロールケーキorサンドイッチ |
2006/8/24
腐乱死体が布団を汚していることは多い。 言い換えると、布団に入ったまま亡くなる人が多いということ。 そんな場合は、ほとんどの依頼者が「布団だけでも先に持って行ってくれ!」と依頼してくる。 腐敗液をタップリ吸った布団は、見た目も臭いもとてもヒドイから。
できる限り依頼者の要望には応えるようにしているが、見積と作業は別物。 作業を小刻みに分けると、効率も悪くコストも上がる。 何よりも、汚物処理作業は一発で済ませたい。
でも、困りきった様子で依頼してくる依頼者も無視できない。 昔は、そんな現場は仕方なく作業をしていた。 依頼者には悪いが、嫌々やっていた。
普通の布団をたたむのは誰でもわけないことだが、汚腐団(お布団)はそういう訳にはいかない。 できるけ小さくたたんで専用袋に入れるだけ作業なのに、ちょっと油断すると腐敗液が身体に着いてしまう。
以前は、腐敗液が身体に着かないように作業手順をよーく練ったうえで、慎重に慎重を重ねてやっていた。 まさに、汚いモノにでも触るかのように。 それでも、なかなかうまくいかず、身体を汚してしまったことが何度もある。 その逃げ腰・及び腰の姿勢が逆効果であることに気づくのは、しばらく先になった。
何度もやっているうちに、一つの失敗が一つのノウハウになることを覚えた私は、「どうせ汚れるんだったら失敗例を蓄積しよう」と考え方を変えた。 皮肉なことに、汚いモノが着かないように気をつけていた頃に比べると、汚いモノを気にしなくなってからの方が圧倒的に汚れなくなった。
腐敗液をタップリ吸った布団は重い!もちろん臭くもある。 持つとズシリとくる。 実際の重さに増して精神的な重さがある。 私より腕力のある人でも、そう簡単には持てないかも。
昔は、梱包した布団でさえ汚く思えて、身体につかないように持っていた。
今は、抱えるどころか背負うことにも抵抗感はない。 それを背負うと、遺体そのものを背負っているような錯覚に陥る。 そんな布団に対する私の感覚は、汚物と人間の間を行ったり来たりする。大袈裟に言うと、汚物に親近感みたいなものを覚えることもある。 ただ歳をとっているだけじゃなく、人間として成長しているのかも?
仕事も人生も、楽をしようとして近道を行くと、かえって遠回りになってしまうことがある。 身の丈を考えず階段を飛び越えようとすると、踏み外して転げ落ちることがある。 何事も、小さな積み重ねが大事。 続けることが大事。 知恵を持つことが大事。 こんな仕事にも独自のノウハウがある。 それを得るためには経験・継続・蓄積が必要。 私には、誰にも真似できない(したくない?)それがある。 死体業をコツコツやってきたことが、ホコリのような私の誇り・・・かな?
今回は、とりとめもない文章になってしまった。夏バテ気味か・・・。
表題の「ロールケーキorサンドイッチ」は、汚腐団のたたみ方のコツ。 中に入る具は色々あるが、読者の想像にお任せする。
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命の選択 |
2006/8/23
今年の夏は短いように感じる。 長かった梅雨が明けてからも、グズついた天気が多かった。 日照不足のせいで野菜や果物も作柄がよくないらしく高値が続いている。 普段は食べたくない野菜でも、高値がつくと急に食べたくなる。不思議だ。 本当に食べたいのは野菜ではなくて、金銭価値なんだろう。
例によって、今年も全国各地で水の事故が多発している。 命の洗濯のつもりで出掛けたレジャーが一変するときだ。
ある中年男性が溺死した。 家族で海水浴に出掛けた先で。 検死から帰宅した遺体は全裸でビーチの砂にまみれていた。 遺体を前に妻子は呆然、泣くに泣けない様子だった。 ここでも、楽しいはずの夏休みが一変していた。 体格のいい故人は、泳ぎには自信があったのだろうか。 それとも、気をつけていたのに波に流されてしまったのだろうか。 ふざけて遊び過ぎたのかもしれない。 どちらにしろ、海に入ったことが命取りになってしまった。
まず、身体のあちこちに着いた砂を取り除かなければならなかった。 これは並の作業で済んだ。 しかし、髪の毛にビッシリ入り込んだ砂をとるのが大変だった。
始めは、クシで髪をとかしながら砂を掃い除けようとした。 すると、砂だけではなく髪の毛自体がバサバサと抜け落ちてきた。 頭皮がかなり弱っているらしかった。外見は何ともなかったのに。 そのままやり続けると砂は除けても髪もなくなる。 とりあえず、その方法は中止。
「どうしようかなぁ」と思案しながら、どうするかを妻に相談。 気が抜けたようになっている妻は言葉を発することができず、私の問い掛けに返事をするのが精一杯のようだった。 気持ちは分からないでもかったが、いくら話してもラチがあかず困った。 遺族の希望を汲みながら、私が主導してやるほかないと判断。 やはり、頭が砂だらけのままでは偲びない。 しかし、頭髪が抜けてしまってはどうしようもない。 手間はかかるけど、水で洗い流してみることにした。 作業的には大がかりになり結構な時間を要したが、水流(水圧)のみを使って砂を流し取る方法は抜群にうまくいった。 我ながら満足した。
きれいになった故人には、普段から家で着ていた楽な服を着せた。 何を着せるか家族がハッキリしないので、私なりに熟慮して決めさせてもらった。
生前のままに戻った故人を見て、色々な想いが一気に噴出してきたのだろう、今まで寡黙・無表情だった妻子はいきなり号泣し始めた。 その場にいて言葉がでなかった。 気の毒に思いながら、俯いているしかなかった私。
楽しいはずの海水浴で、大事な夫・父を亡くしてしまった家族。 一家の大黒柱をいきなり失った家族には、その後どんな人生が待っているのだろう。 少なくとも、残りの夏休みが楽しいものにならないことは容易に想像できた。
人の死には色々なケースがある。 事故死の場合、自らの選択が死に向かわせているように思えることが多い。 本人は、死なないことを信じて疑わないのに。
命の選択。 人生は選択の繰り返し、選択の積み重ね。 小さな選択がその後の人生を大きく変えることもある。 選択の先にあるものを、誰かが教えてくれると助かるんだけどね。
それにしても、私は、あの時なんで死体業を選択してしまったんだろう。 んー、分からん!
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ロンリーミッドナイト |
2006/8/22
私の仕事は、365日24時間の電話受付と見積を行っている。 昼間ほどの数はないながらも夜間に電話が鳴ることもある。 そして、「今すぐ来て」という要望も。
夜中の出動は独特の辛さがある。 それは、暗闇の怖さではなく眠気の辛さ。 昼間の仕事と夜の出動が続くと本当にツライ! そんな日が続くと、仕事があることに感謝するどころか「今夜はゆっくり寝ていたい(仕事が入るな!)」と願ってしまうこともある。
かなり前の話になるが、自殺遺体の処置業務で夜中に出向いたことがある。 遺体処置業務での夜中出動は珍しいことなので、「何か、特別な状況なのかな?」「なんでこんな夜中にやる必要があるんだろう」と少々不思議に思いながら緊張して現場に向かった。
現場に到着した私は、目当ての部屋を訪問。 現場はアパートの二階、首吊自殺だった。 警察の検死は終わっていて、遺体は首を吊った部屋に安置されていた。 警戒していたような特別な状況ではなかった。
その場にいた遺族は故人の両親の二人きり、他には誰もおらず二人は遺体を前にした神妙な面持ち。 私の到着を心待ちにしていたようで、私が参上すると安堵の表情を浮かべた。 と同時に「あとはヨロシク」と言わんばかりに、さっさと退室。 そして、車に乗ってどこかへ行ってしまった。
「えッ!?」 てっきり、作業中も遺族が立ち会ってくれるものとばかり思っていた私は意表を突かれた。 遺族とコミュニケーションをとる間もなかった。 遺体とともに夜中のアパートに取り残された私は、遺体の顔を見ながらしばし呆然。 いつも通りの仕事をやるしかなかったのに、なんだかやる気がでなかった。 「・・・取り残されちゃいましたねェ」、いつもの独り言。 両親に放られた遺体を少し不憫に思った。
そそくさと去って行った両親は、どうも世間体を気にしているようだった。 それも、かなり。 しかし、遺体処置は夜中にやる方が余計怪しいし、昼間だと気にならないくらいの物音でも夜中だとかなり響く。 世間体を気にするのなら、昼間にした方がマシというものだった。 まぁ、両親なりに考えて決めたことだろうから、それ以上は深く考えないようにした。
さて、何となく虚しい感じの作業になったが、とりあえずは無事に終えることができた。 しかし、肝心の両親が戻って来ない。いつまで待っても。 私は、遺体を放置して鍵もかけずに現場を離れる訳にもいかないので、仕方なくその場にいることにした。 最初は、遺体の前にきちんと正座をして待っていた。 そのうち、足が痛くなってきて、あぐらをかいた。 更に、疲れてきて、手を床(畳)について座った。 ついに、睡魔が襲ってきて、横になりたい衝動にかられ始めた。
「遺体の横に寝るか?」⇔「そりゃダメだ!」 「寝ちゃおうかな」⇔「そりゃマズイ!」 頭を何度もカクンカクンさせながら、睡魔と戦った。 睡魔って、本当に怖い。 遺体が気持ちよさそうに眠っているように見えてしまい、羨ましく思えてきた。
どうにかして睡魔を追い払わなければならない私は、鼻歌を歌ったり返事をしない故人に話し掛けたりしてその場をしのいだ。 近隣住民は、遺体のある部屋から鼻歌や一人の話し声が聞こえてくるので不気味で仕方なかったかもしれない。 世間体を気にして夜中作業にした両親の思惑はこれで台無しになったかも。
結局、両親は空が明るくなり始める頃に戻ってきた。 私は、ほとんどボケボケ状態になっていた。朝陽が夕陽に見えていた。 戻ってきた両親には、「連絡をくれればよかったのに」と呆れ顔で言われたが、私は内心で「連絡先も言わずに勝手に行ってしまったのはアンタ達の方だろ!」と憮然。 でも、言葉では「作業に時間がかかったので、たいした時間は待っていませんでしたから・・・」と微笑まじりの営業トーク。
何はともあれ、両親に現場を引き継いで、私はその場を離れた。 静かな夜をともに過ごした遺体に変な親近感を覚えていた私は、遺体に「バイバ〜イ」。 「袖擦り合うも他生の縁」、生きてりゃ結構いい友達になれたかもしれない?
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飼猫とサラリーマン |
2006/8/21
初老女性の孤独死。 検死結果は「死後二週間」とのこと。 部屋の中はにはいつもの悪習が充満、汚染された布団にはウジが這い回り、ハエが所狭しと飛び回っていた。 ま、これくらいは当たり前の状況。
言葉的におかしな表現になるが、この現場は「きれいな汚染」だった。 故人も、そう苦しまなかったであろうことが伺えた。 汚染は深かったものの、横への広がりが極めて少なく、汚染箇所の撤去はかなり楽にできた。
この要因は二つ考えられた。 一つは、就寝したまま横になった状態で息絶えたこと。 もう一つは、使っていた布団が厚手で吸湿性の高いもの(高級布団?)だったこと。
就寝中に死ぬ人は少なくない。 しかし、コト切れる間際は苦しいのだろうか、布団に納まってきれいに横 になっている状態は少ない。 布団から上半身だけでも這い出した状態だと、その後の腐敗汚染度がかなり変わってくる。 また、薄くて吸湿性の悪い布団だと、布団自体が腐敗液を滲みだしてしまう。
今回の現場は、布団一組・畳一枚・床板一部を撤去すれば汚染部はなくなった。 あとは、ウジ・ハエを始末するだけ(消臭は別課題)。
作業を終えて外に出ると、家の中のものとは微妙に違う異臭を感じた。 この現場では、屋外のことは私の範疇にしていなかったので、知らぬフリもできたが、その異臭がだたのゴミ等とは違っていたので気になった。
そこで、異臭の元を確認するため、異臭の濃い方進んだ。 異臭の元はすぐ発見できた。 家の裏、狭い物置スペースに猫の腐乱死体があった。
すぐ依頼者に連絡。 依頼者によると「故人は猫は飼っていなかったはず」とのこと。 「野良か?」と思いながら外を観察すると、餌用容器が置いてあった。 念のために、再び家の中に入って中を観察。 台所に買い置きのキャットフードがあった。
どうも、野良猫を飼っていたらしい。 私は依頼者に状況を伝え、一度現場を見に来てくれるよう頼んだ。 さすがに、猫の片付けは無料ではできない。 お金をもらうからには、時間を要しても依頼者にBefore現場を確認してもらう必要がある。 結局、猫の始末は後日施行することになった(詳細は先々のブログに載せるかも)。
このパターンの飼い方は、社会には受け入れられにくいが、本人達にとっては快適だろう。 お互いに束縛し合わず、お互いの責任もホドホドに、お互いに都合のいい時だけ関わり合っていればいいのだから。
「半野良なんだから、腹が減ったら余所に行けばよかったのに・・・」 「でも、人に飼われ続けていると、外で生きていく力はなくなるのかなぁ・・・」 私はそう思いながら、ふと我に返った。 「俺も飼われている身か・・・」
「自分は、外でもちゃんと生きていける」と思っているとしたら、そんなのはただの一人よがり、大錯覚、大錯誤。
ブラックカラーのサラリーマン、私はそう思う。
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ルービックキューブ |
2006/8/20
今の若い人達は知らないだろうか、ルービックキューブを。 流行ったのはいつ頃だったか・・・ハッキリは憶えてないけど、私と同世代、またはそれ以上の年代の人には知っている人が多いと思う。
私の友達には、短時間で6面を合わせる頭脳派もいれば、時間はかかるが諦めないでやる努力家もいた。 ちなみ、私は頭脳派でもなければ努力家でもないので、恥をかくだけの無用なチャレンジはしなかった(こういうとこがダメなんだよね)。
故人は初老の男性。 脳神経系の病気を長く患っていたらしい。 故人は、病気の進行具合を自分で把握するために、ルービックキューブを解くことを日課にしていた。 家族や看護師に適当にシャッフルしてもらい、6面合わせられるまでの時間を毎日測っていた。 次第に時間はかかるようになってきたものの意識はハッキリしており、最期の方は「解けない」と言うより(体力的に?)「続けられない」と言った感じだったらしい。
ひとつの家族でも、故人に対する個々の想いは同じ色とは限らない。 「優しい夫だった」「厳しい父だった」「誠実な兄弟だった」 もちろん、どれも一人の故人。 一人の故人が色々な顔・面・色を見せていた訳で。
生まれてきた時は一つの顔しかなったものが、歳を重ねるごとに持つ顔が増えていく。 息子、兄弟、夫、父、部下、上司、知人、友人など。 全て一つの顔で通すのが理想かもしれないが、なかなかそうはいかないのが現実。
「本当の自分はどれ?」 一体、本当の自分の顔はどれなのだろう。 全て?一部?一つ?
いつの間にかシャッフルされたまま放置している心のルービックキューブ。 解き戻せたとしても6面6色。一面一色ではない。 何だか、人の心のよう。 「二枚舌」「二重人格」なんて可愛いものだ。
たくさんの顔・面・色を持ち過ぎた私は、今では元の状態さえも忘れてしまっている。 元に戻せる賢明さがほしい。 子供のようになるしかないかも。
故人愛用のルービックキューブを柩に納めながら、そんなことを考えた。
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冷たいヤツ |
2006/8/19
人の身体は死んだ瞬間から腐敗を始める。 死後1〜2時間程度でも既に腐敗臭がするようなケースも珍しくない。 その腐敗開始の早さは驚きものだ。
一般的に、遺体は腹(内蔵)から腐り始めると言われている。 私の実体験でもそれに違いはない。 一見、何ともなさそうな遺体でも、着衣を取ったら腹部か濃緑色に変色していることがよくある。 そして、それが次第に広がってくる。 もちろん、遺体が置かれる環境・施される処置によって腐敗スピードは異なるため、その腐敗速度を少しでも遅くさせるために手を尽くすことも、我々の仕事の大きな役目である。
遺体は火葬まで冷蔵されるのが一般的。 霊安室の冷蔵庫で保管されることもあるが、それよりドライアイスを当てられて冷やされることの方が多い。
冬場だとドライアイスは10kgもあれば充分、しかし、今のような夏場は10kgでは足りず20kgや30kg使うこともざらにある。 それだけ、遺体に暖は禁物ということ。
しかし、あまり冷やし過ぎると、身体が小さく痩せている老人などは全身が凍結していることもある。 身体や気温に合わない量のドライアイスを当てるとそうなる。 全身カチンコチンになった遺体は、頭だけ持ち上げようとしても首は曲がらない。 身体ごと持ち上がってしまい、見るからに不自然。
でも、ここまでやれば腐敗スピードをかなり落とすことができる。 あとは遺族の心象にどう映るがが問題。 遺族は「死後硬直」だと勘違いしていることが多く、雰囲気によっては私もあえて説明しないことが多い。 少々腐ってもいいのか、それより少々冷やし過ぎの方がいいのか、判断が分かれるところだ。
しかし、こうも暑いと自分にドライアイスを当てたくなる。 若かりし頃の夏、あまりに暑かったのでドライアイス用の冷蔵庫に頭を突っ込んだことがある。 先輩から首根っこを掴まれて、「バカ野郎!死にたいのか!」と怒鳴られた。 ドライアイスは二酸化炭素の塊で、そんなことをしたら中毒(酸欠)死しかねないらしい。 危なかった・・・無知は恐い。
それにしても、人間が死んだら腹から腐り始める事実を、私は妙に納得している。 ひょっとしたら、人の「腹」は生きているうちから少しずつ腐っているのかもしれない? そして、そんな人が「冷たいヤツ 」と呼ばれるのかもね。
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続・哀愁のマットレス |
2006/8/18
5月17日掲載「哀愁のマットレス」の続編。 何度思い出しても、そのインパクトは風化しない。
作業用の装備を整えていなかったことも災難だったが、何よりも心の準備を整える時間が与えられなかったことが致命的だった! そして、その後の私を待ち受けていたのはウジとの戦いだった。
腐敗液が滴り落ちるマットレスを、暗い気持ちで車に積み込んだ私は、逃げるように現場を離れた。
今度はこのマットレスを解体分別しなければならなかったのだが、とても屋外で解体できるような代物ではなく、車の荷室にこもってやるしかなかった。 季節は晩春。気候は晴天。 車の荷室はグングンと気温が上がっていた。 私は悪臭で充満する車中で、汚水をかぶったように汗をかきながらベッドマットを解体した。
ベッドマットを分別すると布類と金属類に二分別できる。 大型のカッターナイフを使って布を切り裂きながら金具から布を剥がしていった。 すると、中から白い塊がボトボトと落下。 「ん?何だこりゃ?」 よーく見てみると、それは大量に湧いたウジだった。 まだ生まれて間もない小さなウジが、身を寄せ合って白い塊を形成していたのだ。
まだ幼いウジは、いきなり襲ってきた大地震に怯えて仲間同士でかたまっていたのだろうか。 それとも、大量に生まれ過ぎて居場所がなかったのか。
そんなのが次々と垂れ落ちてくるものだから、私は慌てた。 彼等の逃亡を許してしまうと、後々とんでもないことになってしまう。 幼ないウジには申し訳なかったが、根こそぎ始末しなければならなかった。
私は心を鬼にして彼等を掻き集めた。 そして、容赦なく殺虫剤をかけ、更に塊から溶けるように這い出してくるウジを片っ端から始末した。
しかし、ウジのヤツは身の危険を感じると逃げ足(ウジって足がある?)が速く、しかも小さい。 あちらこちらの隅々や隙間に逃げ込んで行く。 圧倒的な数を誇るウジに私は大苦戦! その数量を前に策はなく、ただひたすら一匹一匹摘んでいくしかなかった。 その作業は、まるでウジとの根競べ、戦いは泥沼のゲリラ戦へと発展していた。
狭いスペースに無数のウジが這い回っている訳で、ウジを踏まないでは作業にならなかった。 成長したウジを踏むとプチプチ感があるが、身体が小さいため幼少のウジにはその感触はない。 不本意ながらも、たくさんのウジを踏み潰してしまった。 踏み潰したウジは更に始末しにくくなるので、できるだけ踏みたくなかったのに。
結局のところ、ゲリラ戦をかいくぐって逃げ切ったヤツもいるだろうが、その頑張りに免じて許してやった・・・って言うか、追いきれなかった。
作業が一段落つき、疲れた身体と疲れた頭でしみじみ想った。 「今までも、随分とウジと戦ってきたなぁ」「この先も、どれくらい続くんだろうなぁ」
死体に出会う前が、ちょっと懐かしい。 今はこんなになってしまった私でも、あの頃はウジ一匹にだって鳥肌を苦立てていたように思う。
作業を終え、汚れた靴を脱いで脱力。 「靴の中にまで逃げ込むとは・・・」
周りにばかり気をとられ、自分の足元が見えていなかった。 それは、生き方そのものにも言えること。 ウジに完敗(乾杯)!
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夢のあと |
2006/8/17
自分が死んだら、柩の中に何を入れて欲しいだろうか。 若い頃は、結構真剣に考えて耳かき棒と酒をリクエストしていたが、今はどうでもよくなっている。 浮世の金品も、アノ世には関わりのない物と思うから。
どんなに高価な物でも、灰になってしまえば同じこと。 どんなに偉い人でも灰になってしまえば同じこと。
人は何も持たずに生まれてくる。 そして、何も持てないまま死んでいく。 現金も、株券も、豪邸も、高級車も、ブランド品も(私の場合はコノ世でも持ってない物ばかりだけど)。
私を含めて、どうして人はこうまで物を欲しがるのだろうか。 生活がある程度便利で快適であれば、それでいいような気もするのに。 命は有限なのに欲は無限と言うことか・・・何となくバランスが悪いような気がする。
では、目に見えないものはどうなのだろうか。 例えば、愛・名誉・徳・善行など。 全ては有限?中には無限のものもある?永遠ってある? ま、その類の話は、どっかの宗教にでも任せとけばいいか。
遺族が柩の中に入れる物で多いのは、まずは衣類。 お金や写真、手紙も多い方。 それぞれの品に、それぞれの人の、それぞれの想いがある。 それは、「故人の為」と言うより「遺族本人の為」と言った方が適切だと思う。 柩に物を入れることで、わずかでも癒されるなら故人にとっても「ありがた迷惑」にはならないだろうし。
最近は火葬場の都合で副葬品が制限されることが少なくない。 環境問題なのか火葬炉の問題なのか、または火夫の都合なのかは分からないけど。
火葬炉では強力バーナーで一気に焼かれるらしい。 燃焼より冷却の方に長い時間を要することも聞いたことがある。
どちらにしろ、人間の身体も物と同じであっけなく灰になる。 残された人の心に留まれるのも、せいぜい孫の代くらいまでか。
時が経てば、全てが夢のあと。 嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、苦しいことも、笑ったことも、泣いたことも・・・だったら、無理矢理にでも笑ってみるか! ハハハ・・・やっぱ心が伴ってないとダメだね。 じゃ、どうやったら心から笑える?
実は、笑うことも泣くことも自分の支配下にないことに気づかされる。 現実に笑うのも泣くのも自分なのに。
やはり、生き・生かされていることって、かなり不思議なことだと思う。 まるで、夢のようだ。
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タイムリミット |
2006/8/16
日本人の死亡原因の一位は悪性新生物(癌)。 癌を煩ったことがある人、煩っている人、そして癌で亡くなった人を知人に持つ人はかなり多いと思う。 「自分自身がそう」という人もいるだろう。 数えてみると、私の身の回りにも、そんな人がたくさんいる。
世の中は今、空気も水も食べ物も、発癌性物質を避けては生活できないような残念な状況にある。
癌は人類の自業自得か?それとも宿命か? 人の力では癌細胞の発生を防ぐことはできないのだろうか。
私が扱ってきた遺体にも癌で死んだ人がかなりの人数いる。 科学的なデータとは異なるかもしれないが、それらの遺体は痩せ細っている上、腐敗速度が速いように思える。
余命宣告を受けた上での闘病生活は、どんなものなのだろうか。 一件一件の遺族と一人一人の遺体からは、それぞれの闘病生活が垣間見える。
故人は30代前半の男性。 痩せ細ったり髪か薄くなったりはしていなかった。 外見だけでは健康そうに見える故人で、遺族も泣いている人はいなかった。 遺族の話から読み取るに、本人と家族は色々な葛藤はありながらも余命宣告を受け入れ、病気と闘うのではなく協調する道を選んだらしい。 家族もかなり辛かったよう。 故人の死には涙することがなくても、辛かった余生(闘病生活)を振り返ると、おのずと涙がでてしまうようだった。 それだけで、その苦しかった日々とその心情が想像できた。
遺族の口からは、ただただ、病気の苦しみと死の恐怖と闘った故人を褒め労う言葉ばかりがでていた。
望まずして、死は本人と家族に平安をもたらす側面もある。 遺族は、心なしか、肩の重荷を降ろしたような穏やかな面持ちだった。
私は、何度か余命宣告を受ける悪夢にうなされたことがある。 死への恐怖から、突然跳び起きることがある。 そんな時は、決まってイヤな寝汗をかいている。 覚醒して夢だと分かり「助かった〜」と喜びの感情が湧き上がってくる。
誰にとっても、余命宣告を受けるということはかなりの重圧がかかることだろう。 私の悪夢とは違い、今日もその現実と向かい合い、今日もその重荷を背負って生きている人が幾人もいる。
将来、私が癌になる可能性も低くはない。 そして、余命が測れるほどの末期症状に陥る可能性も充分ある。 私は、告知をしてほしいタイプの人間。 そうなったら多分、うろたえ、嘆き、泣き、極度の欝状態に陥るだろう。 それでも知らせてほしい。 この世を去るための後片付けをシッカリやりたいから。 苦楽を共にしたこの身体を労り、この感覚を充分に味わいたいから。
普段は「もっと背が欲しい」「もっと痩せたい」「男前の顔がよかった」等と自分の身体に不平不満・文句ばかりつけているけど、いざこの身体と別れなければならないとなると、とてつもなく愛おしい思いと懐かしい思いが湧き上がってきそうである。
軽率かもしれないけど、たまにはそんな境遇を空想してみて、自分の身体に感謝して、自分の身体を労ってみるといいかもしれない。
我々は皆、ある種の余命宣告を受けている身だ。 最期の時を具体的に知らされていないだけで。
最期の時は自分でも決められないもの。
自分の余命を意識して、残された時間をいかに燃焼させるか。 忘れてはならないのは、自分と愛する者のタイムリミット。 分かっちゃいるけど、ここが難しい。
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ラブレター |
2006/8/14
別れの柩に手紙を入れる人は多い。 故人に宛てたものがほとんどだろうが、アノ世に先立った人へ言葉を託けたものもあるかもしれない。 生前は照れ臭かったり、日々の生活で見過ごされたりしてきた当人(故人)への想いが、純粋なかたちでてくる場面でもある。 「できることなら、生きているうちにそういう想いを伝えられればよかったのに・・・」 そう感じることが多い。 共に生きていられる時間は限られている。 照れている場合じゃないと思う。 日本人にとっては「臭い」と思われるセリフを平気で吐けるアメリカ人が羨ましい。
私は、葬式にはイヤというほど関わっているが、結婚式には縁がない。 何年かに一度、誰かの結婚式に招かれることがあるくらい。 葬式ばかり経験していると、結婚式がとても新鮮だ。 他人の幸せを嫉みがちな私でも、結婚式の幸せに満ち溢れた雰囲気は好きだ。 結婚式の場面でも、普段なら照れ臭くて言えないようなセリフがよくでてくる。 新郎新婦が親に宛てた手紙を読んで感極まって涙を流したり、またその逆があったり。 それはそれでいいことだと思う。 でも、その数日後にはいつものノリに戻って、相変わらず親子喧嘩や夫婦喧嘩をする。 一体、結婚式の時のスタンスとテンションはどこに行ってしまうのだろうか。 心当たりある人、結構いるでしょ?
たまには照れを捨てて、大事な人に大事な想いを伝えてみたらいいと思う。 口で言うのに抵抗があれば、手紙を使えばいい(最近はE-mailか)。 そんな些細なことで、自分も相手もHappyになれればいいよね。
ある老婆が亡くなった。 子供は長女と長男の二人(姉弟)、二人とも中年になっていた。 二人とそれぞれの家族が遺族として集まっていた。 遺族は柩の中に色々なものを入れていた。 その中に、一枚の古ぼけた葉書があった。 長男はそれを柩に納めるかどうかを迷っており、長女としきりに相談していた。 長女もなかなか決断できないようで、いつまでも迷っていた。
それは、60余年前、亡き夫が故人宛にしたためたものらしかった。 今でいうと国際郵便になるのだろうか、戦地からの手紙だった。 その手紙を出して間もなく、夫は戦死したらしい。 二人の子供達はまだ幼少で、父親の顔はハッキリ憶えてないらしかった。
野次馬根性からか、私はその手紙を読んでみたくなった。 「読ませてほしい」なんてずうずうし過ぎることは分かっていたが、抑えられない好奇心もあった。 でも、やはり自分から声を掛けるのは筋違いなので、黙って作業の手だけ動かした。 私の興味深そうな視線に気づいたのか、柩に入れるかどうかのアドバイスが欲しかったのか分からないが、長女が「見て下さい」とその葉書を渡してくれた。 受け取った小さな紙片には、命と時間の重みがあった。 残念ながら文字もかすれ、紙が黄ばみ、文章として読み取ることはできなかったが、若き日の夫が書いた筆跡だけは感じることができた。 内容を聞くと、遺書めいたニュアンスで妻子のことを案じ、励ますようなものだったらしい。
今の時代に生まれ育った私には、戦地から家族に手紙を書く極限状態を想像することもできない。 常日頃は「人間はいつ死ぬか分からない」「自分の死を考えよう」等と何かを達観したようなことばかり吐いている私だが、結局のところは死との間に適当な距離感を持てている甘ったれかも。 戦場で命を張る兵士とは、とても比較にならない。 (※戦争を美化し、兵士の仕事を賞賛しているのではない。)
この夫はどんな気持ちでこの手紙を書いたのだろうか。 当時の戦況から、日本に生きて帰れないことを覚悟していたことは容易に想像できる。 そして妻(故人)は、そんな気持ちでこの手紙を受け取ったのだろうか。 夫の生還を祈りながらも、生きて再会できない覚悟もしていたかもしれない。 想像すると言葉に詰まる。
私は「故人が60余年も大事にしていた手紙だから、柩に入れてあげた方がいいのでは?」と自分なりの考えを伝えた。 しかし、故人の安らかな顔を見ていたらその考えがシックリこなくなった。 そして、すぐにその言葉を撤回した。 「天国で再会している二人にはもうこの手紙は必要ないのでは?」 「この手紙がコノ世に残った人の糧になるなら、大事の持っておかれた方がいいと思う」という旨のことを伝えた。
その後の通夜や告別式で、二人の子息がその手紙を柩に納めたかどうかは分からない。
夫が戦地から送ったこの手紙は、それまでは大事な妻のために生きていた。 父が戦地から送ったこの手紙は、これからは大事な子供達のために生きる。 それを受ける人が残るかぎり、書き手の魂(愛)は消えることはないのかもしれない。
それにしても、最近は読めるけど書けない漢字が増えてきた。 「手紙を書く」というよりも「手紙を打つ」といった表現が正しくなってきた感じ。 そのうち、絵文字や顔文字が辞書に載るようになったりして。 遺言ばかり書いていると辛気臭くなるから、私もたまには誰かに手紙を書いてみようかな。
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ちょっと待った! |
2006/8/13
この記事を載せるか否か、迷いは残る。 無責任な思いであることも承知している。 薄っぺらい自論しか吐けない私には、他人の人生相談に乗れるほどの人格もなければ度量もない。 自分の人生に対する答も見つけられない私だし。 しかし、スルーできない性格の私は深く考えるのはやめて載せることにした。
世の中には、何故にここまで鬱の人や自殺を志願する人が多いのだろうか。 鬱病を明かす書き込み、自殺願望を示す書き込みが絶えない現実を見て、そう思う。 それでも、書き込んでくれるだけマシなのかもしれない。 私ごときでも、わずかながら反応できるから。
生命(寿命)に対しては誰だって無力。 自分の力で生命(寿命)を伸ばすことはできない。 人が自分の力でできることと言えば、せいぜい日常の健康管理をシッカリやっておくことくらい。 悲しいかな、人の力って所詮はそんなもの。 だったら、無闇やたらに力む必要もない。 社会性・経済力・年齢・名誉・世間体・人間関係・他人との比較etc、社会の基準に自分を合わせることに無理があるなら、社会の基準を捨てればいい(社会法規・道徳・モラルを捨てていいと言っている訳ではない)。
「天涯孤独・孤立無縁」「誰も心を打ち明けられる人はいない」と考えている人に限って、自分にとって意味のない社会基準に囚われているような感はないだろうか。 昔、「他人と比べるのではなく、過去の自分と比べろ」と叱責されたことがある。 これは私自身にも大きく言えることだけど、「自分は自分」なのだ。 社会の標準から外れていたって、他人に劣ることがたくさんあったって「自分は自分」。
「人は何のために生きるのか」と自分に問い、他人に訊いたことがある。 一部の宗教者や霊能者にはその答を持っている人がいるが、一般の人のほとんどは答を持たないまま生きているのではないだろうか。 かく言う私もその一人。
答が見つからないことをクヨクヨ考えて、何かいいことがある? 誰も答を知ることができないことを悶々と考えて、何か収穫がある? それは生きるエネルギーを無駄に浪費することになりはしないだろうか。
こんなことを書きながら、かつての自分を思い起こす。 私も、かつて「死にたい」と思ったことがある。 そして今も、生きていることに疑問を持つことがある。
鬱状態・自殺願望を持った状態の人は、救いの手を握り返す力もない。 鬱状態に陥ると、人がどんなに優しく励ましてくれても、どんなにプラス思考を促されても、気持ちに響いてくることはない。 それは逆に、劣等感を感じたり、虚無感を助長させたり、余計なプレッシャーを与えることになる。 自殺願望を持つと、生存欲を持つ人とは明らかな温度差を感じる。 当時の私も、マイナス思考を捨ててプラス思考を身につけたかったのに、それができなかった。精神科の薬も効かなかった。 マイナス思考の人間をプラス思考の人間が救うことは至難の業。 その間を隔てる壁は高く、溝は深い。 その温度差は埋めることは容易ではない。 分かり合えると思っているのはプラス思考人間の一方的な感情だったりする。 それを承知の上での今日の記事。
自殺は悲惨なものだ。 自殺をする本人にとって悲惨なのではない。残された人にとって悲惨なのだ。 どんな事情があれ、本人は死にたくて(生きているのがイヤで)死ぬのだから、「悲惨」という言葉は似合わない。自分で選択した道だ。 生きているから悲惨な目にも合うわけで、生きていることの方がよっぽど悲惨だ。 でも、その悲惨さを残される人に全て背負わせていいのか。 しかも、何倍もの重荷にして。 残された人が以降どんな目に合うか、どんな人生を歩まされることになるか想像してみてほしい。
残された人のことを考える余裕がないことも少しは分かる。 自分が死んだ後のことなんか知ったことではないと思う気持ちも少しは分かる。 それでも私は、とにかく、残される人のことを考えてくれることを懇願する!
心当たりのある貴方! 一方的かもしれないけど、私は貴方のことを言っているのだ。
「死ぬのはやめた!」 そんな書き込みを待っている。
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善と悪の間で |
2006/8/12
自殺した女性が腐乱死体で発見された。 もちろん、私には自殺の動機は不明。 独り暮しだった故人の自宅は賃貸マンション、その玄関で首を吊ったらしい。 身寄りはないらしく、賃貸契約の保証人も有料の保証会社が請け負っていた。 依頼者である大家は、保証会社の対応に不満を漏らしていた。 このままだと、大家と保証会社の間でトラブルが発生するのは明白だった。
汚染は玄関と外の共有部分のみ。 ウジ・ハエも玄関フロアのみ。 女性らしい雰囲気の部屋はきれいに片付いており、独身女性の部屋に免疫のない私は勝手に入ることに気が引けるくらいだった。 しかし、片付けるうちに故人が私と同年であること分かって、急に気持ち悪くなってきた。 我ながら勝手なものだ。 女性には失礼な偏見になるかもしれないけど、男性の自殺より女性の自殺の方が何だか気持ち悪い。 私が遭遇してきた自殺体・自殺現場は圧倒的に女性の方が少ないから免疫がないのだろうか。 それとも、世俗に伝わる怪談の影響だろうか、その理由は自分でもハッキリしない。 とにかく、女性の方、申し訳ない。 ちなみに、動物の場合は犬よりも猫の方が気持ち悪い。
玄関で首を吊るケースにはたまに遭遇する。 「なんで玄関で?」 故人が死に場所を玄関にした理由を考えた。 例によって全くの主観的想像だけど、三つの理由を思いついた。 一つ目は、できるだけ早く発見してもらうため。 二つ目は、部屋を汚さないため。 三つ目は、ドア上の金具が紐を吊るのに適していたため。 これが当たっていたとしたら、ちょっとせつない。 死んでからも醜態を晒したくない・・・腐乱死体にはなりたくなかったのか、それとも部屋を汚して大家に迷惑を掛けたくなかったのか。 もちろん、その真意を知ることはできなかったが、現場の様相から故人の何らかの考え(配慮)を感じた。 しかし、残念なことに故人は腐乱し一通り周囲を汚していた。
自分と年齢が同じであること、身寄りがいない孤独な身の上であること、きれいに片付いた部屋に人柄を感じたこと・・・それが私の気持ちを微妙に動かした。 明らかに、故人への同情心が働いたのが自分でも分かった。
故人も家主も保証会社も、事が大きくなるのは避けたいはず。 そして、現場がきれいなら無闇に事が大きくなるのを防ぐことができるはず。 と言うことは、事の大小は私の清掃作業の仕上がりにかかっていると言うこと。
私は偽善だろうが何だろうが、とにかく黙々と玄関を掃除した。 玄関ドアから流れ出た腐敗液も擦り洗った。 目に見えにくい人の脂と腐敗臭はそう簡単に除去できるものではない。 いつもだったら、時間の経過に任せるところを、この現場では人為的に行った。 通常だと一日仕事の作業を、二日がかりで念入りにやった。
我ながら、その仕上がりは満足のいくものだった。 現場確認に気がすすまなそうな大家を呼んで来て、半強制的に現場を見せた。 気味が悪過ぎて汚染現場を見ていない大家は、汚染の痕が見えない現場に少し驚いていた。
私は、家主から現場のBefore.Afterを写真に撮っておくように依頼されていた。 約束なので一応は撮影しておいたが、きれいになった現場を見た大家にはて写真の必要性がなくなってきていた。 私も「妙なものが写っていたらマズイですからねぇ」と意味深なことを言って、大家の判断を確定させた。
「ここの汚染は軽いものだった」「あとは通常の空室リフォームとハウスクリーニングで充分」 そう伝えた私は、要らなくなったカメラを捨てた。
私は常に偽善と悪を併せ持っている。 表立って他人から非難されることがない代わりに、自分が偽善者であることは自分が一番よく知っている。 仮に偽善者と罵られても、腹も立たないだろう。 自分にも充分その自覚があるから。 では、善悪の判断基準はどこにあるのだろうか。偽善と真善はどこで区切られるのだろうか。 善悪の知恵はどこから来ているのだろうか。 そんなことを昔から考えている。でも、今だに答はない。
私は、この故人に対して偽善的であったか。 私の行動はただの自己満足か。 それがジャッジできるのはアノ世の故人だけかもしれない。
足りない頭で難しいことを考えるのも限界がある。 人生とは、ひたすら善と悪の間で格闘しなきゃいけないものかもしれないね。 疲れたら、居酒屋にでも行って気分転換をしよう。 やっぱ、身体の外側には消毒用エタノール、内側には飲用アルコールが欠かせないね。
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忠犬 |
2006/8/11
「なんだか臭い」「でも、何の匂いだか分からない」「見に来てほしい」 そんな電話が入った。 依頼者は中年女性。 その口調から、死体がらみの案件ではないことがすぐ分かった。 話を聞くと、ただの消臭依頼だった。 特掃部には、たまにこんな依頼や相談も入ってくる。 どんな問い合わせにもキチンと応対するが、電話だけで片付くケースも当たり前のようにある。 できるだけ詳細な状況を聞き、できるだけ適切なアドバイスをするように心掛けている。 お金にはならないけど、これも大事な仕事だ。 それでもラチがあかない場合は出動となる。
この案件も電話アドバイスだけでは片付かなかったので、現場まで出向いた。 豪邸とまではいかなかったけど、そこそこ大きな家で築年数も浅かった。 依頼者一家は、主の仕事の都合で二年間海外に行っていたらしい。 社会的地位が高いことを自負しているようだった。 依頼者は世間話をしたくてウズウズしており、消臭作業に関係ない自慢話を延々と聞かされそうになった。 他人の自慢話を聞くのが苦手な私は、依頼者が脱線させる話を元に戻すということを繰り返しながら、状況を把握した。
聞くところによると、二年の海外暮らしから久し振りに帰った我が家の中は既に悪臭が充満していたとのこと。 家を空けている間、管理業者に庭の手入れと窓開け・空気の入れ替えを依頼していたらしかった。 しかし、その業者が契約を誠実に履行していたかどうかは怪しいものだった。
窓を開けて風を通したり、市販の消臭剤を多用したりすると一時的に悪臭は緩和されるが、またしばらくすると匂ってくるらしかった。 この状態はよくあるパターン。
私はまず、悪臭の根源を特定する必要があった。 肝心の臭いは、程度は軽いものの人間の腐乱臭に似ていた。 仮にも人間の腐敗臭だったら問題が大きいので、確信(責任)が持てるまでは具体的なコメントは控えておいた。
そして、匂いの元を犬のように鼻を動かしながら探した。 部屋の中にはそれらしきモノは見当たらない。外も同様。 どうも床下が怪しかった。 「床下に白骨死体でもあったら・・・」 そう思ったら急に動悸がしはじめた。
床下を見たかったが、どうやって見ればいいのか分からなかった。 外に出て床下に入れそうな所を探した。 通気口が何箇所があったが、とても私が通れる大きさではなかった。 ただ、その通気口から漂う悪臭は部屋の中より濃いもので、匂いの根源が床下にあることはほぼ特定できた。
さて、次はどうやって床下に潜るか。 幸いなことに、家人が長期不在だったために和室の畳は上げられたままになっており、依頼者の承諾をとって床板の一部を剥がした。 そして、首だけ床下に入れて懐中電灯で周辺を照らしてみた。 可能性は低いながらも「死体があるかも・・・」と思ったら、おのずと緊張してきた。 しかし、そこからは悪臭源らしきモノは何も見えなかった。 それどころか、コンクリートでできた床下基礎部分は間取りに合わせて仕切られており、一箇所から全体を見渡すことは不可能だった。 「やっぱ、潜んないとダメか」 全く気が進まなかったけど、暗くて狭くて臭い床下に潜るハメになってしまった私。
※作業手順の説明が続いて話がつまらなくなってきたのでこの辺でショートカットする。
私はリビングの床下に動物の死骸を発見した。 その大きさと骨格から、犬らしいことが分かった。 とりあえず人間じゃなくて、ちょっと緊張が緩んだ。 ただ、外で見ると大したことなさそうな死骸でも暗くて狭い床下で見るとかなり不気味だった。とっくに腐乱してウジもたかっていたし。
どこかの犬が床下で死んでいることを知った依頼者はとても迷惑そうな顔になり、すぐに清掃を依頼してきた。
骨を拾い、コンクリートに広がった毛と肉を削り・・・何とか清掃作業を完了させた私は「何かの手掛かりになれば」と、ビニール袋に入れた汚れた首輪を依頼者に見せた。 気味悪そうに眺める依頼者。 少しして、その表情が変わった。 依頼者は、何度もその首輪を確認し驚嘆した。 それは、海外赴任の前に飼っていた犬の首輪らしかった。
買うと高いブランド犬だったらしく、夫の海外赴任が決まってからペットショップに引き取ってもらったらしい。 しかし、そのペットショップがこの犬の面倒をキチンとみたかどうか、こうなってみたら怪しいものだった。
元飼犬が何故、自宅の床下で死んでいるのか全く見当もつかない様子の依頼者。 ペットショップに引き渡して以降のことも関知していないらしかった。 これはこれで、「結構冷たいなぁ」と思った私。 新しい飼主に捨てられたのか脱走したのか分からないけど、どちらにしろ、その犬がこの家に戻って死んだことには変わりはなかった。
犬は何を思ってこの家に戻って来たのだろうか(ただの帰省本能って野暮なことは言いっこなし)。 そして、何故死ぬまでここに居続けたのだろうか。 そんな事を考えると、私は手に持った汚物袋を撫でてやりたくなった。 依頼者も何か思うところがあったのか急に物静かになり、最後も丁重に私を見送ってくれた。
人間は誰(何)かを裏切れる生き物。 犬は裏切ることを知らない生き物。 「三日の恩は三年忘れない」と聞いたことがある。 一体、どっちがまっとうな生き物か。
安っぽいノーブランド人間だけど、少しは私もまっとうに生きてみたいものである。
街を徘徊する野良犬、道端に転がる轢死体が、今日も何かを訴え掛けている。
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同じ空の下で |
2006/8/10
「昨日までグズついていた東京の空は、今日は快晴! また夏の猛暑が戻ってきた。 夏は特掃業務にとっては過酷な季節だが、青い空を見上げると気持ちに涼風が通る。
読者からの書き込みを非公開にしてから一ヶ月余りが経った。 それ以前に比べれば書き込み件数が明らかに減っているが、私の気分に余計な波風が立つこともなくなり、ブログも落ち着いて書けるようになっている。 そして、書き込んでくれる人自体も変わってきているように思う。 今でも色んな意見や感想があるものの、冷静に読むことができている。
あの当時は、「スルーすればいい」という類のアドバイスをたくさんもらったが、私の性格ではアレが限界だった。 我ながら、器量不足も感じているが、どうにもならない。 私はこの性格で三十数年生きてきたので、今更、大きなモデルチェンジもできないのだろう。「人間ってそんなもんだ」と開き直っている。 そして、何事もスルーできるような性格だったら、もともとこんな人生を歩いてないかもしれない。
書き込みの非公開については色々な意見がある。 「非公開の方が書き込みやすい」等、現在の書き込みには非公開に賛成する意見が多い。 ただ、公開を望む声もある。 そんな読者には申し訳ない気持ちがある。 また、公開を好む人は書き込むこと自体をやめている可能性が高いので、一概に非公開が歓迎されているとも思っていない。
しかし、今はまだ書き込みを公開する予定はない。 公開しても、いずれまた荒れてくるだろうから。 やたらと気の短い金色の蝿がでてこなくなったのは少し寂しい気もするけど、現場業務が過激な分、それ以外の時は平穏にいきたい今日この頃である。
「ブログのアップくらいは自分でやれ」「たまには休んだら?」という類の書き込みも少なくない。確かにそうかもしれない。 ただ、私の本職はデスクワークではなくデスワーク。 机に向かってカチャカチャやるのはかなり苦手、しかも決まった時間に机に向かえる仕事ではない。 そんな私は、ブログを携帯電話を使って小刻みに打つことも多い。 誤字が多いときは、携帯電話で打ったと思って間違いない。 あと、管理人との二人三脚はブログ運営に限ったことではなく、その相乗効果は多岐に渡っているので、今後もこの体制を変えるつもりはない。 私も意固地になって毎日更新している訳でもないので、これからは適当に休むかもしれない。
「怖くない?」「ストレスは?」という類の書き込みがある。 死体に「怖い」という感情を持ったことはほとんどない。 「気持ち悪い」はたくさんあるけど。 人は、死体を何故そんなに怖がるのだろうか。
死体は、私を裏切ったり傷つけたりしない。 死体は、私を困らせたり悲しませたりしない。 死体は、私に生きることを考えさせてくれる。 死体は、私に死ぬことを考えさせてくれる。 そして、死体は私に生きるヒントを与えてくれる。
こんなにいい死体を、何でみんな嫌うのだろう。 みんなも、いつかは死体になるのに。
死体を怖がる理由をよくよく考えてみると、ハッキリした理由を挙げられない人が多いような気がする。 考えてみると面白いかも。
ストレスはある。人並みにあると思う。 日々のストレスから人生のストレスまで。 物欲では決して満たされない何かがある。 詳細を書くとただの愚痴になるので省略するけど、こんな仕事をやっているからって人並み以上に精神力が強いとか神経がズ太い等といったことはない。全然。
私は、ネガティブシンキングが大得意!マイナス面に神経質! 障害に果敢に挑んだり、物事を楽観的に考えたりすることが不得意! 不平不満や愚痴を吐くことも日常茶飯事! できるだけ、腹に溜め込まないようにしている・・イヤ、溜め込む器量がない! そんな私は、これといったストレス解消法は持っていない。 辛くて苦しいときは「永遠にこの苦しみが続くことはない」と考えて自分を鼓舞する。 それでも、片付かないものは片付かないし、処理できないものもある。 でも、それでいいと思っている。 それが生きている証、生きることの宿命、そして「生きる」ということかもしれないから。
今日もみんな同じ空の下で生かされている。 このブログを通じて、色々な読者との触れ合いがある。 何の因果か、この世に生かされているうちは、共に泣いて笑って過ごしていこう。 ね、皆さん。
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思いやり |
2006/8/9
特掃業務の自殺現場には、事前に自殺と知らされる現場と知らされない現場とがある。
どんな現場に対しても一定のスタンスで臨む私だが、自殺と自然死とでは若干その気持ちが違うかもしれない。 しかし、どんな現場でも気持ちがほぼ一定に保てる自分が頼もしくも思え、かつ冷酷にも思えてしまい複雑な心境がする。 また、私は現場の第一印象を率直にコメントすることが多い。 失礼な発言に聞こえるかもしれないけど、特掃現場ではだいだい「これはヒドイですねぇ」が第一声となる。 だって、本当にそうだから。 何年やっても何件やっても、「ヒドイなぁ」と腐乱現場に抱く感情は変わらない。
自殺と知らされないで出向いた現場。 新聞紙で覆われた汚染箇所がやけに狭いうえ、それに面した壁が縦長に汚れていた。 「妙な汚れ方だなぁ・・首吊りか?」と思いながら汚染箇所の真上を見上げた。 ロープを掛けたであろうフックや釘を探したがその類は見当たらなかった。 しかし、よく見ると柱に真新しい穴が何箇所かあった。 警察がそこまでやる訳ないから、遺族の誰かがこっそり釘を抜いたのだろう。 「首吊りはほぼ間違いないな」と内心で断定したものの、「それを遺族に問い正して何の意味があろうか」と自問自答。 遺族には隠しておきたい事情があるのだろうから、私も知らぬフリで仕事をするのみだった。
遺族は自殺がバレることを恐れているようにも見えた。 気持ちは分からないでもない。 ただでさえ世間から嫌悪される腐乱死体。 それでも、自殺と自然死では世間の冷ややかさが違う。
賃貸家屋の場合は家主・近隣住民に対する責任も変わってくる。 つまり、社会からの視線と社会への責任が変わってくると言うこと。 当然、バツの悪い自殺より自然死の方がまだマシと言うことになる。 「この柱の穴を大家は黙って見過ごすかなぁ」 作業を終えてからロープを吊っていたであろう釘の痕を見上げ、今後のことに思いを巡らせていたら、遺族が私に声を掛けてきた。 自殺を打ち明けるかどうするか迷っているみたいだった。 私の行動を見て、明らかに気付かれていることが分かったのだろう。 でも、話したくなければ話す必要はない。 私にそれを探る権利はないし、聞く器量もない。 「お気づきだと思いますが・・・」と言いにくそうに話しはじめた遺族の言葉を私は遮った。 「内装リフォームもできますから、よかったら見積らせて下さい」と。 こんな時はビジネスライクなくらいが調度いい。 それが私流の、ささやかな思いやり。 「バッチリきれいにする自信はありますから、大家さんとだけはキチンと打ち合わせして下さいね」 暗に「大家は敵に回さない方がいい」と言いたかった私。 気持ちが通じたのか?遺族はかすかに微笑んだように見えた。 その後の内装リフォームが、きれいに仕上がったことは言うまでもない。
自殺だと知らされて出向いた現場。 部屋全体に汚染が広がり、それは凄惨な現場だった。 始めに手首を切ったが死にきれず、とどめに首を切ったらしい。 多分、首からは大量の血しぶきが吹き出したのだろう、床一面には腐敗液と腐敗脂が広がり、壁には血痕が飛び散っていた。 「随分と思い切った手段にでたもんだな」と思いながら汚染箇所の多さと広さに閉口、その汚染度は深刻なものだった。
遺族は、現場の凄惨さと精神的ダメージでダウン寸前、とても中には入れない様子。 双方が同時に現場確認をすることは、私が施工契約・施工責任を果たすうえで非常に重要なことなのだが、凄惨な腐乱現場を前にそれが叶わない遺族も少なくない。 この遺族もそうだった。 無理矢理にでも中を確認させでもしたら、失神していたかもしれない。 また、大家や近隣住民に対してもどう対処すればいいのか分からず、心も身体も衰弱しきっていた。
そして、深刻な面持ちで作業手順を考える私に、遺族が申し訳なさそうに謝った。 深刻な現場で深刻そうな顔をするのは好ましくはないのに、現場の酷さについつい本心を顔にだしてしまった私。 うかつだった。
遺族は、見積に合った金額を支払うとはいえ、身内のやったことの始末を、しかも見るもおぞましい現場の片付けを他人の私にやらせることに何かしらの後ろめたさを感じるのだろう。 他の現場でも同様の遺族が多い。 こんな遺族と接する私は、恐縮する前にとても気の毒に思う。 こんな時は少々笑って話すくらいが調度いい。 それが私流の、ささやかな思いやり。 「自殺でも自然死でも、腐乱していても私には関係ないですよ!私は死体屋ですから」 暗に「ドンマイ!ドンマイ!」と言いたかった私。 気持ちが通じたのか?遺族は、かすかに安堵の表情を浮かべたように見えた。
それ以降、内装リフォームを完成させるまでのしばらくの間、この遺族と関わりを持ち続けることになった。 抱えた問題を一つ一つ片付けていく度に、一日一日と時間が過ぎていく度に元気を取り戻していく遺族に、私も少しは役に立てたような気がして明るい気持ちになった。
「自殺した故人は、わずかでも残される人に思いやりを持ってほしかった」 「逆に、故人に対しての思いやりが足りていれば自殺なんかしなかったのかも」 凄惨な現場と悲壮な遺族を見る度に思うことである。
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ホスピタル |
2006/8/8
この仕事は、夜中に電話が鳴ることもある。 寝ていても、まるでずっと起きていたかのように電話に出ることができる特技が身についた。 一年を通じても夜中の出動は少ないのだが、何故だか続くときは続いてしまう。 昼間は昼間で仕事があり寝ていられる訳じゃないので、あまり続くとキツイ! そんな日々が続く中で夜中に電話が鳴ると「冗談?」と思ってしまう。 正直なところ、ありがた迷惑に思ってしまう時もある。
遺体搬送業務の服装は、特掃業務とは違ってスーツ姿(喪服ではない)。 したがって、身だしなみを整えるのに少々の時間を要する。 しかし、病院へのお迎えは一分一秒を争うことが多いので、モタモタしてはいられない。 「だったら、スーツを着たまま寝てりゃいいだろ」と思わないでもらいたい。 それじゃ眠れないから。 電話を切ったらテキパキと身支度を整えて出発する。
同じ建物なのに、夜中の病院は昼間の様相とは異なる。 抽象的な表現になるけど、昼間は生を感じさせ夜は死を感じさせる。 もちろん、病院から死人が出るのは夜に限ったことではないが。 シーンと静まり返る夜中の病院には、人の死を感じさせる独特の雰囲気がある。
大きな病院だと夜勤の医師・看護士、警備員の姿があり、適当に明かりもあるので緊張することも少ないが、小さな病院だと人の気配もなく、非常灯が緑色に光っているだけなので妙な緊張感がある。 インターフォンを押しても誰も出て来ないところは、人を探して回らなければならない。 そんな時は、入院患者に迷惑を掛けないよう、できるだけ物音を立てないように歩く。 もちろん、「こんばんはー!」等と大きな声もだせない。 自分の靴の音ばかりが響く中で、とにかく人を探す。
そんな小さな病院には、キチンとした霊安室がないことがある。 または、亡くなって間もないので、わざわざ霊安室に移動しないで病室から直接搬出することがある。 個室ならまだしも、相部屋だと何となく気まずい思いをする。悪いことをしに行って訳でもないのに。 死人がいないところには出てこない私、死人がいるところにだけ出てくる私は、これから病気を治して元気になろうという人(他の患者)にとっては死神みたいなものかもしれない。もしくは、縁起でもない奴?招かざる客? したがって、作業はできるだけ短時間にシンプルに済ませるように心掛ける。遺族の心情に配慮することとのバランスを図りながら。
遺体は、ある中年男性。 体格のいい身体には濃い黄疸がでていた。 医学に素人の私は、「黄疸=肝臓病etc」→「肝臓病=肝癌・肝硬変・肝炎etc」→「肝炎=ウィルス性肝炎etc」と判断することにしている。 玄人から見ると非科学的かもしれないけど、私の場合、遺体衛生は悪い方に考えて備えるようにしている。その方が自分のリスクは低減できるから。 したがって、この黄疸男性を触るときも手袋を着用した。 外見や死因、感染の危険度に関わらず、私はどんな遺体でも最初に素手で触ることはない。 つまり、最初に触るときは、どの遺体でも手袋を着用するということ。
やりにくいのは、看護士も遺族も手袋を着用していない時。 遺体のことは看護士や遺族がよく知っているだろうから、私だけ手袋を着ける必要もないのだろうが、そこは一線引いているドライな私。 ただ、遺族の心象を害さないために、使う手袋と態度にもそれなりの工夫をしている。
この黄疸遺体の場合は、看護士も遺族も素手だった。 ただ、看護士は遺体に指一本触れることはなかった。 どこの病院にも共通して、私は遺体に対する看護士の態度や行動にはかなり注意している。 やはり、遺族や看護士が近寄らない遺体は不気味。
ちょっと注釈。 おおむね40代以上の人達はC型肝炎ウィルスに感染していてもおかしくないらしく、関係機関では検査を奨励しているそう。 40代以上というのは、学校の各種予防接種で注射針を使いまわしていた世代である。 雑学教養レベルであっても、死体業にはある程度の医学的知識が必要という訳。 精神性と根性だけじゃ務まらない。
夜中に死体とドライブしていても、特に恐怖心はない。 時には、死体を積んでいることを忘れて、コンビニに寄りそうになることもある。 そんな私でも、ひとつ注意していることがある。 ルームミラーは見えないようにしているのである。 死体がある後部荷台に妙なモノが映ったら、ちょっとヤバイかもしれないので。
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お化け屋敷(後編) |
2006/8/7
休暇をとった管理人は、身内の法事に行ってきたらしい。 その割には赤く日焼けした顔が、どことなく気まずそうにも見える。 人手が足りない時は特掃隊に編入しなければならない哀れな?身の上だから、まぁ、黙認した方が親切というものか。 管理人を労う書き込みも多かったし。
前編から話を続ける。 そして、その顔が私に近づいて来るような気配を感じた私は、声にならない悲鳴をあげて家から飛び出した! 全身に悪寒が走り、息を吸うことができなくなった私。 霊感がないのが少ない取り柄のひとつだったのに・・・とうとう見てしまったのか!? そして、私が見てしまったモノの正体は!? さすがに気持ち悪くなった私は、再び家の中に入ることはできなくなった。 本当は二階の状況も確認しなければらなかったのだか、結局、二階は想像見積。 間取りと遺族の話と一階の状況を考え合わせて推測した。
幸い?肝心の腐敗痕は一階だったからよかった。さすがに汚染箇所は、想像で見積できるような代物ではないから。
頭部が当たっていたと思われる段ボール箱は丸く凹んでいて、腐敗液にくっついた頭皮と頭髪が残っていた。そして、大量のウジも。 一般の人にとっては、腐乱死体痕の方がよっぽど恐いのだろうけど、私にとってはそんなものはどうってことない。
それよりも、二階に見たモノの正体ばかりが気になっていた。
さて、施工の日。 明るい昼間でも、何だかイヤ〜な気分だった。 いつもの流れで、まず一階の汚染箇所から着手。 一階をほぼ片付け終えたところで問題の二階へ。 階段を見上げる決心は、なかなかつかなかった。 ウジじゃあるまいし、いつまでもウジウジしてたって仕方がない。 勇気をだして恐る恐る階段上を見てみた。 すると、どうだろう。 壁にモノクロの写真が掛けてあった。 多分、御先祖の遺影だろう。 「な〜んだー、そういうことかぁ」 過日の夜は、それが外からの淡い月明かりにボンヤリ照らし出されて、顔が宙に浮いているように見えたらしい。 「ちょっと顔が違うような、もっと近くに見えたよう気がしたけど・・・」と少々怪訝に思ったが、深く考えないことにした。 とりあえず正体が写真と分かって(決めて)安堵した。
遺族からは「家の中の物は全部ゴミ、全て捨てていい物」と言われていたが、この遺影は捨てる気にならず遺族に渡すことにした。 二階で写真を梱包していると、誰かが私の背中をポンポンと軽く叩いた。 「ん!?」と思ったが、私はあえて振り返らなかった。 そこには、私の他に誰もいるはずがなかったから。
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お化け屋敷(前編) |
2006/8/5
人それぞれに怖いもの(苦手なもの)を持っていると思う。 私の場合は、高所・蛇・歯医者・お金・心霊写真・暗闇etc。
当然、この中に死体は入らない。 気持ち悪いことはあるけど、恐くはない。 どちらかと言うと、道端に転がっている動物の轢死体の方が苦手。いつも目を背けて通り過ぎてしまう。
逆に、一般の人にとって人間の死体は上位にランキングされるものらしい。 その理由の中核を探ってみると面白いことが発見できるかもしれない。 やはり人は、死をイメージさせたり感じさせたりするものを根本的に嫌うのである。 葬儀習慣に限らず一般世間の習俗や慣習にも、それを感じさせるものが多い。 その延長線上には死からの逃避願望があり、やはり死ぬことは恐くて考えたくないものなのだろう。
ある日の夕方、特掃の依頼が入った。 「できるかぎり早く現場を見てほしい」とのこと。 何の仕事が入るか分からないので、昼間の予定はできるだけ業務用に空けておきたい私は、その日の夜に行くことにした。 「鍵は開いているので、勝手に入っていい」とのことだったし。
現場に着いた頃は、外はもう真っ暗。 目的の家は老朽狭小の一戸建。 電気は止まっており中も真っ暗、懐中電灯を照らすしかなかった。 庭には、手入れをしてない木々がうっそうと茂り、外灯の明かりもなく、淡い月明かりが不気味さを照らし出していた。
玄関の前に立っただけで、いつもの腐乱臭を感じた。 自分で自分を脅しても仕方がないので、余計なことを考えないようにして玄関ドアを開けた。 それから、誰もいるはずのない家に、いつもの様に「ごめんくださ〜い」と言いながら入った。
狭い屋内は、ゴミなのか生活用品なのか分からないような物が散らかっており足の踏み場もないくらいだった。 腐敗箇所をいち早く見つけて汚染具合を確認。 まぁ、腐乱死体現場としたら並のレベル。 ウジはいたけど馴染みのハエは二軍落ちし、その代わりに蜘蛛の巣と蚊がまとわりついて弱った。
廃棄するゴミの量もキチンと把握しなければらないので、建て付けの悪い押入も開けてみた。 そこで思わず「あ゛ッ!」 暗闇の中に人の首・・・押入の中には頭部だけのマネキンが並べられていた。 「なんでこんなもん持ってをだよ!ドリフのコントじゃないんだから、こんなもんで脅かさないでくれよぉ」 心臓の鼓動か静まらない私は、勢いよく戸を閉めた。
そのうち、どこからか「キィーキィー」と泣き声のような音が聞こえてきた。 「ドキッ!」、心臓は再び高鳴り始めた。 気のせいにして無視しようとしたけど、確かに聞こえてくる。 放っておく訳にもいかないので、嫌々その音(声)がする方を探した。 それは流し台の収納スペースから聞こえていた。 思い切ってその戸を開けてみた。 そこで思わず「あ゛〓ッ!」 いくつものネズミ獲り(粘着シート)に無数のネズミがかかってもがいていたのである。 中にはもう死んで腐ってるのもいて、それはそれは悲惨な状態。 「見なかったことにしよう」 全身鳥肌の私は、機械的に戸を閉めた。
一階を見分し終えて、次は二階。 脅され過ぎか気の張り過ぎか、心身ともに疲れてきて、身体にも力が入らなくなっていた。 「もう少しの辛抱」と、暗くて狭い急階段の上を見上げた。 そこて思わず「あ゛〓〓ッ!」 あまりのことで悲鳴は声にならなかった。 なんと!宙に浮いた人の顔が、ジーッと私の方を見ていたのである。 そして、その顔が私に・・・
つづく
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線香花火 |
2006/8/4
私は夏の夜の花火が好きだ。 夜空に舞う打ち上げ花火は特に。 時間が合わなくて、ここ何年も花火大会には行っていないけど、綺麗な花火を思い浮かべるだけでワクワクする。 ドン!と上がったかと思ったら、パッと開き、サラッと消えていく。 音に迫力、火花に華、去り際に潔さ、その華麗さに魅了される。 同じ一つの花火なのに、光速と音速の差から視覚と聴覚に時を異にして届いてくるのも絶妙。
そんな花火には、人の生き死にが重なって見える。 日本文化においては、日本男児的な「男らしさ」に通じる部分もあるのかもしれない。 玉の大小、上がる高さに違いはあれど、誰の人生にも華があると思う。 そういう私は、いつ頃が華だったのだろうか。 それとも、華はこれから来るのだろうか。 生きていること自体が華だったりして・・・ね。
壮年の男性が死んだ。 死因は糖尿病。 どんな病気でも、闘病は辛く苦しい。少なくとも、快く楽しいものではないと思う。 糖尿病の食事制限や運動強制も相当のストレスを抱えるらしい。 故人は医師の忠告を軽く見たのか、節制ができなかったのか分からないが、病気を回復に向かわせるはずの自己管理を自らが怠ったらしい。 遺族の話を組み立ててみると、故人は、まさか死に至る程の深刻な状況になるとは思ってなかったらしい。 家族も本人も、いくら後悔したところで後の祭だ。 それでも、遺族は何かをごまかすために?故人の死を受け入れるために?やたらと「男らしかった」と褒めて場の混沌を払拭しようとしていた。
意志の弱い私などにとっては、何事についても自己管理というものは難しい。 自分で自分を律する力が問われる問題。 自分で自分を管理することよりも、他人に自分を管理してもらう方がよっぽど楽なことだと思う。
ひと昔前、アメリカで出世できない人物像というものを聞いたことがある。 それには、たった二つの要因しか挙げられていなかった。 「太った人間」と「タバコを吸う人間」。 要は、「肥満・喫煙」→「自己管理能力が低い」→「社会に通用しない」→「出世できない」という式図らしい。 肥満と喫煙については一概には言えないかもされないけど、自己管理能力の重要性については同感したものだった。
では、人生においては 何をどう自己管理すればよいのだろうか。 「人生」という道を歩む時、どこに重きを置いて進めばよいのか。 我々は、常に明日の不安ばかりに心を奪われ、今日を見失ってはいないだろうか。 昨日のことばかり悔やんで、今日を暗い一日にしてはいないだろうか。 はたまた、「今が良ければそれでいい」と短絡的な歩を進めてはいないだろうか。
昨日を悔やまず、明日を思い煩わず、今日を楽しむ。 昨日を反省し、明日に備え、今日を実らせる。 昨日の思い出に笑い、明日の夢に期待し、今日の糧に感謝する。 なかなかできないけど、それが私の理想。
自分の命は自己管理できるものではない。 人生だって、一体どれだけ自分の力が通用するものなのか。
私は、派手な花火に憧れる線香花火。 世の中の表舞台に立つことはない地味な存在。 若年の頃は、やたらと派手な花火を打ち上げてやろうと燃えたこともあった。 それが、いつの間にか花火をあげるかわりに線香をあげている。
それでも、火玉の途中で落ちてしまう線香花火に思う。 「俺は最期まで燃えて尽きたい」と。
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苦々しい |
2006/8/3
ある若者が、あるマンションから飛び降り自殺をした。 高層階から3階天井のでっぱりに激突、その血しぶきと肉片は4階のベランダにまで飛び散っていた。 乾いた血痕と肉片は落とし難い。 しかも、汚染個所が高い壁だと作業もしづらい。 私は仕事だから仕方ないけど、何の関係もないのに、いきなり見ず知らずの人間の血肉で自宅が汚された方は、本当に気の毒だった。 こんな現場に遭遇すると、「汚すのはせめて自宅だけにして欲しいもんだな」と思ってしまう。死人を貶めるようなことを言ってしまうようだけど。
その遺体の損傷も激しかった。 例の納体袋に入っていたその遺体は、頭が割れ、脳がハミ出ていた。 ちょうど、焼けて膨らんで破れたパンのように。 髪は血のりでベッタリ、血生臭さがプ〜ンと漂っていた。
私が自殺の理由を知るはずもない。 ただただ遺体を処置するのみ。 頭はどうすることもできず、脳ミソを頭にしまって包帯をきれいに巻くしかなかった。 飛び降り遺体の場合は、このパターンの処置法が多い。やむを得ない。
遺族は号泣。それは悔し泣きにも聞こえるものだった。 そんな中、遺族の男性がいきなり遺体を殴りつけた。 「バカタレが!こんなヤツはこうしてやればいいんだ!」と怒りの鉄拳を食らわせたのだ。 あまりにとっさのことで、間に入って止めることもできなかった。 二発目を繰り出そうとしたときはさすがに私も止めに入ったが、その怒り様は私も殴られるかと思ったほど。 しかし、遺族の誰も止めに入らない。 故人の自殺と損傷激しい身体にショックが大きかったのだろうか、それとも男性の殴りたい気持ちを理解していたのだろうか、私だけが男性を止めていた。 「俺の遺体に手をだすな!」じゃないけど、せっかく処置してきれいになったものが、再び出血などで汚れてしまってはもともこうもない。 またまた冷酷かもしれないけど、男性を止めた理由が故人の尊厳を守るためではなくて、自分の職務を守るためであったことが自分らしくて苦々しかった。
ある中年男性が亡くなった。 妻はやたらと明るく元気そうに見えた。 余程の強い精神力を持っているのか、または、故人に心配をかけたくない一心で、とにかく気丈に振舞っていたのか・・・真実は分からないけど、とにかく明るくてよく喋る女性(妻)に、意味もなく辛気臭くすることが嫌いな私ですら違和感を覚えた。
その女性は何年か前に息子を亡くしていた。 そして今回は夫を亡くして一人ぼっちになってしまった女性。 「何年か前に一人息子を亡くして、今回また夫に先立たれた訳か・・・さぞや寂しいだろうなぁ」と思う間もなく、女性の明るい声が耳に飛び込んでくる。 「人が死んだからと言っても、わざわざ暗くなることはない」と思いながらも、そのギャップが奇妙に思えた。
故人には一張羅のスーツを着せた。 そして、訊きもしないのに、女性は勝手に話しを続けていた。
故人を柩に納めたら、「忘れ物!」と女性が叫んだ。 どうも、柩に入れたい副葬品があるらしい。 「ちょっと待って下さい」と、それを探しに部屋から出て行き、しばらくの時間が経った 「大事な物なのだろうから、ゆっくり待っていてあげよう」と思い、しばらく畳の上に座っていた。 「大事な物だとしたら、何だろう」 退屈しのぎに勝手な想像を膨らませながら待っていた。 しかし、「ないなぁ、おかしいなぁ」という声ばかりが聞こえて、一向に女性が戻ってくる様子がない。 畳に正座していた私はだんだんと足が痺れてきて、我慢できなくなった。 痺れをとるために立ち上がったついでに、女性のいる部屋へ声を掛けてみた。 女性は、いくら探しても目当ての物が見つからない様子。 長時間かかったけど、結局、目当ての品は見つからなかった。
「ところで、その物は一体何なんですか?」と私。 「息子が死んだときに柩にスーツとワイシャツを入れてやったんですけど、肝心のネクタイとベルトを入れてやるのを忘れてしまいまして、せっかくだからお父さん(故人)に持って行ってもらおうと思いましてね」と女性。 夫の死を「せっかくの機会」と捉えるとは、なかなかタフな女性である。 「そのネクタイとベルトはどんなデザインなんですか?」 無駄な質問かとも思ったが、世間話として訊いてみた。 意外なことに、女性が応えたデザインに心当たりがあった。 少し前に故人の身につけたそれと同じだった。 「あのー、これじゃないですか?」と遠慮がちに故人の身体を指した。 「これ!これ!これ!お父さん、○○(亡き息子の名前)のを勝手に着けちゃダメじゃないのぉ!」と嬉しそうに故人にツッコミを入れる女性だった。 私は微笑ましく思うべきなのか、コケていいものなのか迷った。 とにかく、一緒に苦笑いするしかなかった。
今となっては、女性の明るさの訳は知る由もない。 「金は人を変える・・・元気の源が多額の生命保険金でなければいいな」と思ってしまう金銭至上主義的思考が自分らしくて苦々しかった。
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ブラックホール |
2006/8/2
便所の話。 そこは「お手洗い」とか「トイレ」という呼称は似合わない、いかにも「便所!」という感じの現場だった。 発見が早かったためか、汚染は軽いもの済んでいた。 悪臭も腐乱臭なのか便所臭なのか分からないくらい。 それよりも、私はその便所の形態に驚いた! 水洗式ではなく、いわゆるボットン便所。 しかも、私が知るボットン便所よりはるかにハイグレードで古風なモノだった。
ほとんどの人が「ん?どんな便所だろう?」と、その便所の形態を理解できないと思うので、詳しく説明しておこう。 地面に深さ1.5〜2.0m、直径1.5〜2.0mくらいの穴を掘る。 その上に床板を敷き、屋根と囲いをつける。 床板に直径20〜30cmの穴を開ける。 床板に和式便器をくっつけて完成。 あまりにシンプル過ぎて、これ以上詳しく説明できない。
大きな口を開けた和式便器を覗き込んでみると、下は真っ暗のブラックホール状態。 深くて大きな穴が開いているらしかったけど、真っ暗で何も見えない。 それは、悪臭を忘れるくらいの不気味さがあった。 そして、小心者の私には、薄くて古ぼけた床板に乗る勇気はなかった。 床板には悪いけど、その風貌からは強度を信用する訳にはいかなかった。 信用性が乏しいこの床に乗るということは、一種のロシアンルーレットみたいなもの。 万が一にも「バキッ!」といってしまったら、アウトーッ! 「故人はいつもこの床板に乗って用を足していたのか・・・勇気あるなぁ」と感心してしまった。
しかし、シンプル便所と故人の勇気に感心してばかりもいられない。 これを何とかしなきゃならないのが私の仕事。 トイレや風呂で死ぬ人も少なくないので水回りの始末も慣れてはいたが、ここまでシンプルな便所は見たことがなかった私。 「汚い」というより「怖い」という気持ちの方が大きかった。 掃除するより解体した方が早いと判断して、依頼者に相談。
汚染されているのは床板の一部と便器が少し。 もう誰も使わない便所なので解体することで話はまとまり、すぐさま作業にとりかかった。 どうしてもブラックホールへの恐怖心が抜けない私は、恐る恐る床板の隙間にバールを差し込んだ。 驚いたことに、床板の一枚一枚は固定されている訳ではなく、細い梁にポンとのせられているだけだった。 「えッ?こんな簡単なもんだったの?」 おかげで、便器も床板も簡単に取り外せて作業的には楽だった。
そして、床板を外すと底の穴が露になった。 「これが肥溜というヤツか!」 ずっと以前から言葉では知っていた肥溜、その本物を生まれて初めて見た瞬間だった。 その光景にはちょっとした衝撃を受けた。 そして、妙に感心したというか感銘を受けたというか・・・人が生きることの凄さのようなものを感じた。 肥溜に、生きるエネルギーみたいなものを感じる私は変?・・・やっぱ変だろうな(苦笑)。 そしてその中ではウジが気持ちよさそうに泳ぎ、ハエが気持ちよさそうに飛んでいた。 彼らは、いつも私の行く先々に先回りする賢い連中だ(笑)。
そして、肥溜の臭いは鼻にツンとくる刺激臭で、「アンモニアの影響か?糞尿が熟成されるとこんな臭いになるのか!」と、またまた感心してしまった。
ちょっと余談。 下水道が完備されていな地域では、行政による糞尿回収サービスが行われている。 たまに、その車を見かけることがあり、車輌後部に表記してある積載物欄に「糞尿」と書いてあるのが印象的。当然、それに従事する人もいる。 子供の頃の風説に、その仕事に従事する人のことを言ったものがあった。 「身体にウ○コの臭いが染みついていて、風呂に入ったくらいでは臭いは落ちない」というもの。 実際にその仕事に従事する人と接したことがないのでハッキリしたことは分からないけど、 多分それはガセ。 濃い!腐乱臭が着いた私でも、ユニフォームを着替えて風呂に入れば完全に臭いは落ちるから。 変な偏見は持たないで、そんなことを言っている子供達がいたらキチンと否定しておいてね(笑)。
私を含めて、現代の男どもは軟弱になっているような気がする。 歳のせいもあるのかもしれないけど、最近の若者は、外見からは性の違いが分かりにくくなってきているような気もする。 最近の家庭は、ほとんどが水洗・洋式。そして、小でも便座に座る男が増えているらしい。 筋肉に負担が大きい和式便所にまたがって、心もとない床板に勇気を持って身体をあずけていた故人は、この有り様を憂いているかもしれない(完全な想像)。 男として、もっと強くなりたいものだ。
しっかし、便所ネタでここまで語れる私ってウ○コ臭い・・・もとい、ウサン臭いヤツかもね。
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毎度ありー! |
2006/8/1
「いらっしゃいませ」「ありがとうございます」「またヨロシクお願いします」etc、何気ないこのセリフは、色々な店や仕事で当り前に使われている言葉。 しかし、私の仕事にこのセリフはない。 「ご愁傷様です」に始まり「お疲れ様でした」で終わる。
何かを得ようと、何年か前、知人に頼んで飲食店で働かせてもらったことがある。 夜の時間だけ、無償で。 誰にも遠慮しないで済む笑顔と、「いらっしゃいませ!」「ありがとうございます!」「またヨロシクお願いします!」と堂々と言える仕事が新鮮だった。新しい自分を発見できて爽快感みたいなものを覚えた。 かったるそうに働いているバイト学生に反して、私は楽しさすら覚えた。 そのバイト学生に私の本職を話したら、「ウェーッ!その手で食い物を触って大丈夫ですか?」とストレートに嫌悪された。 私とは随分と年下の若者だったが、あまりにインパクトのある仕事に礼儀も忘れて本音がでてしまったのだろう。
「これから世の中をうまく渡っていくためには、力のある者の言いなりになること、とにかく頭を下げること、本音とたて前をうまく使い分けること・・・そして社交辞令を覚えることが必要だぞ!」と思いながら、「遠慮のないヤツだなぁ」と苦笑いするしかなかった。そして、悲観するでもなく卑屈になる訳でもなく、「やっぱ、これが現実なんだよな」とあらためて思ったものだ。 人間が「死」を忌み嫌う本質を持っていること、人間が生存本能を持っていることを考えると彼(社会)の表す態度は極めて当然かつ自然なことで、仕方のないことだと思っている。
それが耐えられないなら、死体業なんかやらなきゃいいだけ。 それに耐えられる人だけがやる仕事。 それに耐えなきゃ生きていけない人がやる仕事。
「他人からみると悲惨に見えることが、当人にとってはそれ程でもない」と言う類のことは、私だけのことではなく世間一般によくあることだと思う。 自分では難なくやっているこの仕事。 でも、正直言うと、親類縁者・友人知人にはやらせたくない。
「職業に上下はない」と言うのはきれい事、職業に上下はある! 明らかに社会的地位の低い死体業、その中でも特掃業務は更に下を行く最低の仕事だ。 しかし、その中にもわずかな「最高」がある。 例えて言うと、ウジ・ハエがたかるウ○コの中に、砂粒ほどのダイヤモンドが一粒入っているようなもの。 そんな小さなダイヤなんかには、誰も価値や魅力を感じない。 しかも、それがウ○コの中にあるとなれば、価値がないどころか皆が嫌悪感を覚える。 でも、どんなに小さくても、どんなに汚くてもダイヤはダイヤ。 その輝きに偽りはない。 誰も知る事ができないその価値を、自分だけが気づいていると思うとちょっと鼻が高い(低次元の自己満足?)。
私は声を小にして言いたい。 「死体業は最低の仕事だ!しかし最高の仕事でもある!」
依頼された仕事を完了させ遺族に挨拶するときは、だいたい「今後、再びお目にかかることがないように・・・」という言葉を掛ける。 自分で言っててちょっと寂しいけど、そんな言葉を掛けられた遺族も返す言葉に詰まる。 遺族も、私の仕事の苛酷さを気遣ってくれようとするのだが、適切な言葉が瞬時には見つからない様子。 私は、いつもの社交辞令が使えないやっかいな相手、変な気を使わせてしまう相手なのだろう。 また、自分の子供とダブらせて私のことを不憫に思うのか、初老の女性には泣かれることが多い。 それが一時的な同情心であっても、赤の他人である私のことを思って泣いてくれる人がいるだけで感謝なことだ。
あまりいないけど、「どのくらいこの仕事をやっているのか?」「何故、この仕事をやっているのか?」を訊いてくる人もいる。 そんな人は、「この男には余程の事情があるのだろう」という表情をしながら、その疑問に対する好奇心が抑えられなくて訊いてくるみたい。 現場にはお喋りに行く訳ではないので詳しい話はしないけど、要点を絞って正直に話している。 あと、雰囲気が神妙になると困るので、我慢して凝った自論は避ける。 「余程の事情」は、皆それぞれが持って生きているもの。 「余程の事情」があるから人生はドラマになる。
居酒屋でビールジョッキを傾けながら聞こえる店員の威勢のいい声が心地いい。 私もたまには、「毎度ありー!」と元気に言える仕事をしてみたいものだ。 洗い物は得意だしね(笑)。
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