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自殺 孤独死 事故死 殺人 焼死 溺死 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去まで施行する男たち |
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兄妹
「兄弟(姉妹)≠ヘ他人≠フ始まり」 という言葉がある。 もともと兄弟(姉妹)≠ニは、親子とは違って他人同然になりやすい関係なのだろう。
子供のうちは寝食をともにし、身近で親しい存在であった兄弟姉妹でも、成長するにしたがってそれぞれの人間関係ができ、大人になって家族を持ったりすると次第に疎遠になってくる。 交流と言えば、正月の年賀状交換くらい。 それさえも単なる社交辞令。 お互いの在所を知っているだけで、何年も音信不通になっているような兄弟(姉妹)関係も少なくないのではないだろうか。
「バカ兄貴が!」 依頼者である中年女性は、不満と憤りを露に、そう吐き捨てた。
「どれだけ私に迷惑をかければ気が済むのよ」 「挙げ句の果てにこんな死に方して!」 女性は、私の存在を無視して激高した。 私は、そんな女性にどんな応対をしたらいいのか分からず、静かに放っておくことにした。 そして、そんな女性を横目に、私は部屋にある家財・生活用品の量と種類を観察した。
現場は、老朽アパートの一室。 故人は、部屋で亡くなっていたのだが、発見が早くてたいした汚染めニオイも残っていなかった。 寝ていた布団に、多少のシミが着いていたくらいで、特段の腐敗汚物もなし。 特掃≠ニ言うよりも、遺品(不用品)撤去処分≠フ感が強かった。
「何かとっておかれるモノはありますか?」 「イエ、兄のものは何も欲しくありませんから」 「じゃ、ここにあるものは全部処分しちゃっていいんですね?」 「ええ、全部捨てちゃって下さい!」
女性の怒りはおさまることはなく、 「全てゴミ!」 と、まるで亡くなった故人までもが不要ゴミであったかのように冷たく言う女性だった。
女性が故人(女性の兄)を嫌い憎んでいるのは明白で、故人と女性との間には、相当の確執があったであろうことが伺えた。
それぞれの人・それぞれの家族には、それぞれの事情があって当然。 ただ、そんな事情のどうこうは、私の仕事には関係のないこと。 興味がない訳でもなかったけど、私は余計なことは尋かなかった。 しかし、女性はたまった欝憤を誰かに吐かないと気が済まないようで、私が尋ねもしないことを、一方的に話し始めた。
故人は、若い頃から放蕩者。 定職を持たないわりには多くの趣味を持ち、お金がいくらあっても足りない生活。 当り前のように借金をし、おのずとその額も膨張。 そのため、両親は何度となく借金を肩代わり。 両親と妹には、故人が原因の苦労は絶えることがなかった。 故人は、その都度謝っては悔い改める素振りをみせた。 しかし、口ではいいことを言いながらも実際の生活は変わらず、同じことの繰り返し。 そして、両親の逝去を機に、女性は故人との縁を切った。
「こんな人のために、なんで私がお金を払わなければならないのよ・・・」 内訳を説明しながら見積金額を提示する私に、血のつながった兄妹であることを怨むかのように女性はボヤいた。
「なるべく安くしたつもりですが、うちも仕事でやってるものですから・・・」 「そりゃそうよねぇ・・・」 女性は諦めた様子で、見積金額に理解を示してくれた。
作業の日。 汚染現場ではなかったことが幸いして、仕事は思いの外スムーズに片付いていった。
荷物の撤去も終盤にさしかかった頃、部屋の中には古い仏壇が残った。 それもゴミとして処分していいはずのモノだったので、他の廃棄物と同じように運び出そうとしたところ、 「ちょっと待って下さい」 突然、女性が仏壇の運び山しを止めた。
「一応、中を見てみます」 何か思うところがあったのだろうか、女性はそう言って仏壇の扉を開けた。 そして、黙って中を見つめた。
「どうかしましたか?何かありましたか?」 女性は、私の質問に返事をせず、神妙な面持ちで仏壇の中から一つの写真立てを取り出した。
「家族写真です・・・私達が子供の頃の・・・」 故人は、位牌や本尊のない仏壇に昔の家族写真を掲げていた。 位牌・本尊・遺影の代わりのつもりだったのだろうか。 そこには、故人・女性兄妹二人の姿もあった。
神妙に写真を見つめていた女性の顔は次第に柔和になり、 「懐かしいなぁ・・・この二人が私達の両親で、この子供が私達兄妹です」 と、私にも写真を見せてくれた。
ホコリを被ったモノクロ写真には、時代を感じさせる家族が写っていた。 ただ、その笑顔は死んでいなかった。
「こんな時もあったんですよ・・・まるで昨日のことのよう・・・夢のようです」 と、泣き笑う女性に、 「この写真も捨てますか?」 と、尋いてみた。
「この部屋の始末が済んだら、もうお兄さんに迷惑を掛けられることもないでしょうから、あとはこの写真と楽しかった思い出だけを持っていかれたらどうですか?」 「そう・・・そうですね・・・」
故人が家族写真をずっと大切にしていたことを知り、女性は救われたのだろうか、作業を終えた時の女性の表情は随分と晴れやかだった。
「たまっていたものが片付いて、何だか気持ちがスッキリしました」 そう言って、私を見送ってくれた。
女性の笑顔をおすそ分けしてもらい、私も笑顔で現場を離れた。 女性が、故人と和解できる日がくることを願いながら。
それには、残った家族写真が、きっと役に立つに違いなかった。
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